ひとこと
分析
アジサイの広場
幸裕あつ高2
 分析するとは要素、つまり、単位に分けることであるが、単位とは、それが不変なものであればあ
こそ単位といえるのであって、対象が刻々に変っているとすれば、それらすべてに共通な単位というも
のは考えられない。このように考えると、個性的なもの、刻々に新たになるもの、すなわち正しい意
味の時間の認識には分析的方法は適用できない。私は現代の社会では物事を単位によって細分化しす
ぎることが問題だと思う。
 それは第一に細分化によってより深く理解を深めようとするからである。大きな病院で診てもらう
と長い時間待たされた上、たらい回しにされ、さらに、高額な診療費をとられるという。専門分野に
分かれ患者の病状を理解しようというのは分かるが、この先高齢化社会にむけて病人は増える一方で
あるにもかかわらず病院でこのような事態が起こっていたのでは治る病気も直らないのではないか。
 これからはただ細分化し他の分野との幅を広げるのではなく、浅く広いトータルな考えにによって
科学を発展させていくべきだと思う。
 エジソンは電気を発明する時に光を作る材料として日本の竹を使用したという。エジソンの一方に
片寄らない豊富な知識によって電気と言う画期的なものを発明できたのだと思う。
 確かに細分化によって一つの分野を深く理解していくというのも分かるが、私は細分化しすぎるこ
とが問題だと思う
 人間は一つ一つの細かい部品によって作られているのではなく、人間自体が一つのものである。