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T-BORAN解散だって!
イチゴの広場
GTOえま中3
 ハローマイネームイズ コウシ イナバ ?   (B'z)???
 
 日本のふつうの書きことばでは、漢字の地位が絶対的に高く、それに比べて
カタカナは、代用的な役割しか引き受けていない。前者は高度に抽象的な概念
の表記に不可欠とされるのに対し、後者
はガチャガチャ、ドタバ夕など、できごとそのままをむき出しにした、いわば
 
 ところが、カタカナが時に、この地位を逆転して、漢字のはるかに及ばない
威信を帯びることがある。欧米の学芸や学芸人を示すのに用いられるばあいそ
うであって、たとえば「フィロゾフィー」が「哲学」より一段高い威信をあら
わすとき、かの幼稚園文字が、一転して欧米先進文化の光りかがやく代弁者の
地位に躍り出るのである。
 
 私が思うに言葉は奥が深い。それは、たった一言で愛を表現したり、人を傷
付ける事もできてしまう。確かに、言葉を使うのがものすごく上手い人はこの
世にはたくさんいる、いくら言葉を理解していてもそれをきわめる事はとても
出来ないと、私は思う。
 
 言葉は記号記号ではなく、言葉は愛である。
 
 言葉といえば歌の歌詞もそうだ。今世界にある歌の中で80%がLOVEソング
だそうだ。
 
 例えば、「また会いましょういつかどこかで忘れるわけないだろう」
 
 「だいたいどんな雑誌をめくったてダメためいきでちゃうわ僕に似合う服な
んかありゃしないのよ世紀末の流行色ぜんぶおまえにあわせられないよがっか
りさせてごめんねなんてねギリギリ崖の上を行くようにフラフラしたっていい
じゃないかよそれでも前に行くしかないんだからだいじょうぶ僕の場合は」(B
'z)Love  この歌詞は誰かを愛しているという事ではないでしょうか!わけわ
かんねー(笑)
 
 私は最後に言いたい言葉に対して敏感になることが一つの方法となるんだー
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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