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気持ちが大切。
アジサイの広場
ひまわりあなつ中3
 日本人は何でも漢字の音をカタカナで写し押し通そうとする。そして安心す
る。この安心感は、音はなぞりでしかないのに、漢字はオリジナルで不変だと
いう安心感からきている。しかしそのオリジナル性は、音のオリジナル性をま
ったく犠牲にしたうえに成り立った、無努力、横着のオリジナル性である。も
っと日本は言葉には愛があるということを理解しなくてはいけないのである。
 
 私の友達に「愛」という名前の子がいる。彼女は初めて会う人には必ず「ア
イ」と呼ばれてしまう。しかし本当は「メグミ」と読むのだ。少し変わってい
るからしょうがないとおもうが、本人からしてみればかなり腹のたつことなの
だろう。自分の名前を間違えて呼ばれるのはやはり気分が悪い。
 
 また、こんな子もいる。自分はホントは幸子という名前なのにいやだからと
いって、皆に「萌」ってよんで、といっている子。これは相当変わっていると思
った。しかし皆、もうその名前で呼びなれてしまっている。だから実際の名前
が忘れ去られているくらいだ。実際本人はかなり嬉しそうだし、呼んでる方も
相手の喜んでくれる呼び方で呼びたいから、満足である。
 
 実際、紙に書くように読まなくても全く問題ないとおもう。大切なのは相手
の気持ちなんだと思う。紙に書いたとうりの読み方で呼んで、相手が気分悪く
するのなら、会話も成り立たなくなってしまう。大切なのは、言い方や、気持
ちなのである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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