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例えば市町村で
アジサイの広場
さやかあおべ高1
 rage against the machine
=「機械に抗する怒り」というバンドがある。このバンド名にあるようにこの
中では戦う相手である政治が「機械」と名指されている。又、ヴァレリーは「
次第に世界は「方法」に制覇されることになるだろう。」と予言していた。こ
の中で言われている「方法」はバンド名にある「機械」と同じ意味である。事
実、現在は厳密な調査、操作によって私たちは分析され尽くしていて、つまり
、「方法」によって裁断され、規制されている。「方法」を用いれば、どんな
人間でも同一の結果に到達し、このとき用いる側の個体性も破壊される。英雄
とよぶに相応しい大文字の個人などいなくなり、均質化した個人だけがあらゆ
 
 確かに最近は取り残される人を作らないような教育をしているらしい。例え
ば、数学でも、昔はすごく難しい、理数系に進む人たちに必要な範囲までもふ
つうの授業では教えていたが、現在は難しい範囲は文部省で決められた教科書
には載ってないそうだ。それはつまり難しすぎて落ちこぼれていく人を作らな
くするためである。もちろんそうしたことによって落ちこぼれていく人を救え
るかもしれないがしかし同時に能力のある人の成長を押さえつけているのであ
る。皆が皆同じ人間になってしまうなんてつまらない世の中である。
 
 また、最近はなんでも、マニュアルというものが作られているので、だれで
も簡単に一定のラインまでいくことができる。例えば、ファミリーレストラン
は接客から料理の作り方まですべてマニュアルが決まっているのでだれでもフ
ァミリーレストランでバイトすることができる。しかし、マニュアルどうりに
しか動くことができないので何かマニュアルには書いてないことが起こったと
きにはなにもすることができないだろう。その点、マニュアルなどを持たない
店ではどんな事が起こっても、臨機応変に対処することが出来るだろう。マニ
ュアルはあまり役に立たないのだ。
 
 「方法」=マニュアルや取り残される人を作らない教育などは、出来ない人
にとっては便利なものであるかもしれない。しかし、何事も自分の力でやり抜
くことが大切である。「勝負に勝つためには、苦手をなくすことよりも、得意
技を持つことである。」という言葉があるように、取り残されずに、苦手をな
くしてゆくよりも、自分の得意とするもの能力を伸ばすことのほうがもっと大
切であるのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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