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偏差値とは
アジサイの広場
T.Oいう高3
□進学率の上昇に伴って、生徒の進学の目安となるように偏差値が設けられた
。それに従い、学校が序列化されるようになりいわゆる「一流校」や「進学校
」といったブランドが偏差値の高い学校につくいようになり、多くの受験生が
そこを目標とする。しかし、偏差値ばかりに左右されてしまい進学した後のこ
とはおろか入学するという目的さえも時忘れ、少しでも高い数字を得ることに
躍起になる受験生も少なくない。これでは本末転倒ではないだろうか。
 
 □模擬試験などを受ければ必ず「偏差値OO、××大学、合格率OO%」と
いった数字を目にする。これだけ見るとテレビゲームの得点を連想させ、まる
で受験が人生における重大なゲームのような扱いである。そして受験生はプレ
イヤーにあたり、「試験」という巨大な敵を撃破することを命じられたといっ
たような位置づけである。ゲームというと、周りが皆興じているからどうして
も自分もやらなければならないと思い、いつのまにか巻き込まれていたという
のが典型的なパターンである。流されていることに気づかないうちは楽しいか
もしれないが、ふとそのことに気づいた時に虚しさを味わうことになるのであ
る。
 
 □また、「無謀な受験」が存在するようになったのも偏差値の出現によるも
のである。昭和の前半では本番で一発勝負という要素が強かったが、現在では
「難関」「中堅」「安全圏」と学校をランクづけし、学生の能力から見て「安
全圏」の学校を中心に受験させるようになった。そのため、受験におけるプレ
ッシャーは以前より減ったとは言えるが、学生の良い意味での野心が狭められ
たのも事実である。
 
 □ただ、偏差値も場合によっては勉強をする上での励みになることもある。
目標校の数字に近づくとなお一層やる気に拍車がかかり、好循環となる。しか
し、度が過ぎてしまうと本来の勉強の目的が見えなくなり、仮に受験に成功し
たとしてもそこで燃え尽きてしまい抜け殻のようになってしまう。偏差値とい
うのは見やすさ、分かりやすさで多面的に利用されてきたが、あくまで勉強を
する姿勢をつくる契機とするためのものであることがやはり望ましいのである
。勉学の目的は、自己の成長にあることを忘れずにいることが学ぶ者の使命で
あると思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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