先頭ページ 前ページ 次ページ 最終ページ
相対的な見方と絶対的な見方を持つ
イチゴの広場
惇平あはえ中2
 視覚系は、光を介して物の形を認知する。形は触っても分かるから、視覚だ
けが形のねらい手ではない。例えば、大きい小さいは見れば分かると言うかも
しれないが、それは相対的な大小である。顕微鏡で見た物の大きさは、倍率を
知らない限り分からない。見たことのない物が宇宙空間にぽっかり浮いていた
ら、誰でも寸法が分からない。だから視覚系は、その中に絶対座標を持ち込む
ようには、進化してこなかった。あえてそれをすれば、ずいぶん正確な目がで
きたかもしれないが、座標を定めるための計算量が膨大で、いきなり大きな脳
を作らなけらばならなかったかもしれない。
 
 僕は音楽を聴いたりする時でも、相対的な見方と絶対的な見方を使い分ける
必要があると思った。音楽を弾いたりする時のことを考えてみよう。もしその
曲の音を全て半音ずつ上げたり、音符の長さを変えたりして弾くならそれは相
対的な見方をしていることになるのだが、それは聞く方にとってすごく聞きに
くくなる。だからこのような点では、絶対的な見方が求められる。
 
 しかし、曲の強弱に付いて言えば、相対的な見方をする方がいい。もともと
楽譜には強弱が書かれているが、それを絶対的な見方をして弾くなら、音のメ
リハリが効き過ぎて聴く方はびっくりしてしまう。しかしそれを相対的な見方
をして弾くなら、それは思いを込めて弾くことができるし、聴いてる方も感動
を覚えたりもできる。
 
 僕はピアノを弾くから、これらの点を常に気を付けていきたいと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ホームページ