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「フランダースの犬」は
イチゴの広場
くみこさく高1
「フランダースの犬」は
 
□ 磯野久美子
 
 
 テレビアニメ「それいけアンパンマン」は原作の「アンパンマン」と違い、
悪者バイキンマンが必ず登場し、悪さの限りを尽くし、説得もさとしも通じず
、最後はアンパンマンが「もう許さないぞバイキンマン!アーンパーンチ!」
でやっつけるという、ワンパターンなものになっている。この「それいけアン
パンマン」や「ドラえもん」のように、日本ではもめごとを「相手よりも強い
力」や、「他人の力」で解決してすますアニメが多いが、人と人とがじっくり
向き合い、どうすれば問題が解決するのか、掘り下げて考える場面を作るべき
ではないだろうか。 確かに日本では正義の味方が悪者をやっつけるという常
にワンパターンな話やアニメが多いように思う。私は兄弟が多くて、甘やかさ
れすぎると言うことはなかったので、「こんなに現実はうまくいかないのにな
あ。」と思いつつそのようなアニメを見ていたのだが、一人っ子だったりして
何でも欲しいものは手に入るような子がそのようなアニメを見ていたら、「世
界は自分を中心に回っている。」「自分が一番正しい。」と勘違いしてしまう
のではないかと思う。何か困ったことがあっても、「正義の味方は最後には必
ず勝つ」という法則がインプットされていて、周りが問題を解決してくれるの
を待つことしかできなような子になってしまうかもしれない。
 
 又そのようなアニメがもたらす危険は他にもある。それは「それいけアンパ
ンマン」の中のバイキンマンのように、「悪者は悪者であり、やっつけなけれ
ばいけないのだ。」という考え方が定着してしまうおそれがあるという事であ
る。自分の立場から考えて悪者がいるとき、それをイコール「やっつけなけれ
ばいけない存在」に結びつけてしまうのは大変危険なことである。それは「い
じめ」という大変な問題に発展する可能性さえあるのだ。人間は自分と違う意
見を持つ人を的と見る傾向があるから、クラスでちょっと目立つ子がいたりす
るとその子よりも大きな力を持ってそれを押さえつけようとしてしまうかも知
れない。絶対的な「善」「悪」の区別はないのだということ、その時悪者だっ
たからといってその人が傷つけられるべきではないということを教えなければ
ならない。
 
 確かに悪者をやっつけて平和を守る正義の味方というのはかっこいい。しか
し、正義の味方が必ず勝つとは限らず、実は正義の味方も大変な努力をしてい
るかも知れないし、悪者にだって心があり、事情があり、良心があるというこ
とも知らなければならない。真の正義の味方というのは、「人々の平和を守る
」だけでなく、悪者のことも考えて、改心させるものだ。悪者をやっつけるの
も良いが、その時は「罪を憎んで人を憎まず」という言葉もあるように、あく
まで「悪者」であるその人をやっつけるのであって、その人自身までやっつけ
てしまうことは絶対にするべきことではない。アニメがただ見て楽しむもので
なく、このようなことをも教え、それがもっと大きな「人々の平和」に結びつ
いていけば良いと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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