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美しい願いごと
エンジュの広場
馬のしっぽはり中3
 落ちてきたら 今度はもっと高く 何度でも打ち上げよう
 
  美しい願いごとのように
 
 この詩のいのちは美しい願いごとのように、というすばらしい比喩にあると
いえると言えるでしょう。いつも光りさす空を見ていよう、紙風船が落ちてく
るのに目をとめるより、何度も打ち上げるそのことに生きる証を見つけようと
いう励ましが伝わってきます。比喩を日常会話で使うと表現が生きてくる。ま
た、驚いたことに、肉体的な技術を教える時にも比喩は大きな働きをする。
 
 比喩を用いた方がわかりやすいことは沢山ある。私は、道端でかっこいい人
やかわいい人を見掛けると次の日友達に報告したりすることがある。その時、
「目が大きくて口が小さくて顔は割と茶色っぽい感じで背が高い人」とか、「
顔が小さくて鼻も口も小さい人」と、ぐだぐだ説明するよりも「木村拓哉と渡
部篤朗を足して二で割ったような人」とか、「リスのような人」と言った方が
相手にも自分の中のその人に対するイメージが伝えやすいし、また伝わりやす
い。
 
 私は戦争とは弱いものいじめだと思う。今起こっているユーゴスラビアの問
題がそのよい例である。あれはユーゴスラビアの大統領がアルバニア系住民を
迫害していたために、NATO軍が怒って攻撃をしていたのだ。その時大統領
が「戦争をすることは、民族を浄化することだ。」と言った。こう言うと、「
浄化かー、それじゃあ綺麗にしているってことだからいいことをしているんだ
な。」と思ってしまう。本当はいけないことをしているのに。こんな風に比喩
とは使い方によって、悪いこともいいことのように聞こえさせてしまうという
欠点がある。
 
 比喩は私たちの日常の会話あるいは様々な動作や場面において非常に大きな
役割を果たしている。しかし、今までにも述べてきたように比喩にはいいとこ
ろと悪いところがある。悪いところと言うものは普段では余り気づかずにいる
のではないかと思う。それは、ユーゴスラビアの大統領の発言のように、悪い
こともいいことに聞こえてしまうことがあるからだ。しかし、「短いスピーチ
が長いスピーチよりも難しいのは、言い直しが聞かないからである」と言う名
言がある。長い説明よりも短い説明=比喩を用いた説明が難しいことだってあ
るのだ。こう考えると、比喩を使うと言うことも簡単なことではないように思
われる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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