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普段私たちは
イチゴの広場
太公望うの中3
 私たちは日常において、いつもある視点からある光景を見る。視点だけでは
なく、人間の認識一般は、ある立場からの有限のアプローチである。こんにち
、価値の多様化ということがしばしば問題になる。それは、物の見方のの多様
性という問題でもある。一つの事実を眺め、表現するにあたって、すべての人
が、まるで統制を受けたかのように、同じ視点から同じ言葉で語る、という時
代ではあるまい。人と人とが理解し合うことも、容易ではない。こんにちほど
レトリック感覚の必要とされるときは、かつてなかったように思う。
 
 例えば人間で考えると人により考え方が違うので分かり合うということが難
しい。テレビで「ウルトラマンガイア」という番組があるが、それにでてくる
ガイアとアグルというウルトラマンがでてくる。その二人は、考え方が違って
いて互いを理解しようとしないのである。それもまた人間にも当てはまること
である。なぜ、人間は多面的に見ることが出来ないのだろうか。
 
 人間は、多面的に見ることも大事だが一面的に見ることもときには必要、大
切である。しかし、人間が、多面的に見られないとレトリック感覚を身につけ
なくてはならない。そのためには、多少一面的な見方を捨てなくてはならない
。他の人の意見を良く聞き色々と考える事が大切である。
 
 一つの考えだけだと、行動力は高いがもろいことである。だから「悪いこと
そのものがあるのではない。時と場合によって悪いことがあるのである」とい
う言葉もあるようにその場その場によって一面的、多面的な見方を使い分ける
ことが大切だと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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