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清書:目線 アジサイの広場
たば星人あころ中2

 僕は、相手の視線ではなく、自分の視線で話すことは大切だと思う。相手の視線で話していると、勝手に誤解されて取り返しのつかないことにな
ってしまうということもあるだろう。僕には、こんなことがあった。(取り返しはついたが、)その日の給食には、僕の大好きな唐揚げが出た。僕 は、Aさんから唐揚げをもらおうと声をかけた。  

 「ねえねえ、Aさん唐揚げいらない?」
 

 Aさんは答えた。
 

 「うん」
 

 早速僕はAさんの唐揚げをもらいに行った。するとAさんは、
 

 「えっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!」
 

 なんと、驚いたことに
 

 「何するのよ。」
 

 と怒ってしまったのだ。(皆さんは、なぜこのようなことが起こったのかわかったかもしれないが)僕は、何が起こったのかわからずただただ混
乱するばかりだった。そして、給食を食べながら、なぜこのようなことが起こったのかを考えてみた。そして、こんな答えを導き出した。Aさんは、 僕の言葉を  

 「僕の唐揚げほしい?」
 

 という意味でとっていたらしい。しかし、僕は 「Aさんは、唐揚げがいらないの?いらないならもらうけど。」 と言いたかったのだ。このよう
に聞き手が話し手の視線に合わせて話を聞くとそこで行き違いが起き、誤解が生じてしまうときがある。だから、時には自分の視線で話すことも大 切なことだと思う。  

 しかし、相手の視線でものを言うと、相手を傷つけないようにする気遣いのようなものが生まれると思う。もし、相手の気持ちを考えないで話す
と、相手を傷つけてしまったりする可能性があると思う。はっきり言いすぎて相手を傷つけることもあると思うのだ。例えば、クラスに太っている 人がいて、その人に 「俺って太ってるかな?」 と聞かれたとき、ストレートに  

 「太ってるよ。…」 と言ったら、相手はとても傷つくだろう、この場合その人はあまり太ってないと言ってほしかったのだと思う。だからそう
いうときは、あまりストレートに言わず少し控えめに言う、日本語風の方が良いと思う。要するに、人の気持ちを考えながら話すことは大切だと言 うことだ。 大切なことは,自分の視線で言うか相手の視線で言うかではなく、いかに正確に相手を傷つけずに話すかだ。「うそも方便」というこ とわざのように、誤解されないのであれば相手を傷つけないようにする少しの嘘は許しても良いのではないか。時には、英語のように、ストレート に言うことが相手の尊重につながることもあるが、日本語のように相手の目線に合わせて、相手を傷つけない言い方の方がいいこともあるのだ。                                   
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