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美的は素敵 アジサイの広場
佐保あるま中1

 ことばが創造の力を持つことは、普段あまりないことだ。ことばは、「伝達」と「創造」に分けられ、ことばの「実用的」な働きと、ことばの「
美的」な働きと言われることもある。この「美的」な働きは詩に典型的に使われのである。  

 私は、「美的」な働きを大切にすべきだと思う。
 

 
 

 第一の理由は、ことばに「美的」な働きを入れると、風景や、物の様子が相手に伝わりやすくなるからである。例えば、自分が見たきれいな風景
を友達に伝えるとき、  

 「木がたくさんあって、雲のない空は水色をしていて、小鳥が鳴いていた。」
 

 と言うだけでは、なかなか聞き手にその風景が思い浮かばないが、
 

 「木が数え切れないほどしげっていて、雲一つない空は澄みきった水色をして いて、小鳥がきれいな声で歌っていた。」
 

 というような、伝え方をすると想像しやすいだろう。このように「数え切れないほど」とか、「澄みきった」とか、「(小鳥が)歌っていた」と
いう「美的」な働きを上手く使うと、話し手の『きれいだったよ』という思いも、聞き手に届くのである。  

 
 

 第二の理由は、「美的」な働きは、人に美しい感情を与えてくれるからである。例えば、歌詞なんかがそれだ。童謡の「もみじ」は日本人のほと
んどが知っている曲で、歌詞には、日本人ならではの「美的」な働きのことばが使われている。私は、この曲の2番が特に「美的」であると思う。  

  谷の流れに 散り浮くもみじ 波に揺られて 離れて寄って
 

 赤や黄色の 色さまざまに 水の上にも おるにしき 
 

 この歌詞で、一番の「美的」だと思うのは、「おるにしき」であると思う。でも、この「おるにしき」を成り立たせるための他の歌詞も、とても
印象強くて 情景もよく分かって良い歌詞だと思った。そして、何よりこの美しい歌詞が「日本人ならではの感覚」であることが、わたしはうれし い。この歌詞とメロディがひとつとなって「歌」となるとき、歌詞のとき以上に人に、特に日本人に美しい感情を与えるのだと思う。   

 確かに、「実用的」な働きを使うと、情報などが的確になって良いが、 「雑草とはまだその美点が発見されていない植物のことである」 とい
うように、目立たないことばに「美的」な働きを使うことで、聞き手に物の様子がよく分かるようになったり、美しい感情を与えたりするのである 。「美的」の働きは素晴らしいと思う。  

 
                             
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