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今を生きていく アジサイの広場
日本太郎あねひ中1

「ああすれば、こうなる」型の社会では、さらに違った側面が現れる。母親はこの子供をどの幼稚園に入れて、と考え出す。その幼稚園が終わった
ら、どの小学校に、そのつぎにはどの中学から高校へ、どの大学のどの学部へ、と考える。こうして「漠然たる」未来は、現代社会ではただちに拘 束され、急速に失われていく。  

 僕は未来のために今を生きるのではなくて、今を生きていく自分でありたいと思った。
 

 第一の理由に、未来とは、本来わからないものであり、「〇〇の未来はこうなる!」、と決めていても、必ずしもそうなるとは限らないからだ。な
らば、それはおそらく決めるだけ無駄であろう。  

 第二の理由に、「定まらない未来」であった方が夢があり、自由があるからだ。将来自分がどんなことをする人になるかは、自分が決めることに
意味があると思う。それによって新たな目標ができる。親に将来の自分まで決められていたら、自分を見つけ出すことができないかもしれない。  

 確かに、親の気持ちも分からないでもないが、自分の目標を優先したいと思う。
 

 僕たちの人生は、僕たちのもので、ほかの誰のものでもないので、自分が進むべき道を決めるのは、自分でなくてはならないと思った。
 

 
 

 
                                           
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