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言いにくい「ノー」の一言 アジサイの広場
有貴いおし小5

 「ノーということばは時として大変言いにくいことばであるが、言いにくいからといって、言うべき時に言わないでいると、相手に思いもよらな
い迷惑をかけることがある。」確かにそうだ。僕にもそういう経験がある。  

 友達の青木君という子が泊まりに来る事になっていて、二日前に用意して最終確認をしたら実は行けなくて、期待を裏切られた事だ。
 

 青木君に後で「何でこれないのにこれないって言ってくれなかったの?」と聞いてみた。
 

 すると青木君は「言いにくかってん。」と言った。これがノーということばが時として言いにくいということだ。でも「知って行わざるは、知ら
ざるに同じ」だ。「忘れてはならないだいじな用事を忘れた時などいっそう言いにくくなって、なぜ忘れたかといういいわけの方が、それよりも先 に口をつい出てくる。しかし、そういういいわけは、じっさいに責任転嫁に聞こえるだけで、なんの効き目もない。「忘れました。すみません。」 という責任感から出てきたことばだけが、相手の心をほぐす力がある。」どんなに悪いことをしてしまってもあやまることから始まるのだと思う。

「ことばとしてみればほんのかんたんな一言が、どうしてそんなに言いにくいのだろうか。それは、こういうことばは、自分の失敗や、欠点や、無
力さを、みずからみとめる自己否定のことばだからである。」確かに同じけんかをやってもけんかが激しくなればなるほど誤りにくい。だが誤らな いと何も始まらない。「しかし、自分を否定する事は、自分の全体をダメだとしてしまう事ではない。  

 だから自分の欠点を否定したり、誤ったりはしないといけない事だと思う。
                                                 
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