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間のとり方 ウグイスの広場
A.Lあそき中1

 饒舌のヒトは、とかく「間」をとることに気が回らなかったり、「間」の必要を感じていない場合が多いのに対して、話し上手とよばれる人は、意識して
、あるいは無意識のうちに、うまく「間」をとり入れている違いがあるように思います。いかなる名言、名文句も、同類のものがただすきまもなく積み重ねられるだけでは効果乏しく、文章の力みも、ただそればかりでは弱みに転じてしまうのは苦い教えです。自然に「間」を必要とするのは、必要とするだけの実質をそなえているもの、ということになるのです。 

 僕の学校の社会の先生は、間のとり方がうまい。だけど、話の途中で時々ダジャレをとばすのだ。例えば、「アーリア人が印度に侵入した時、原住民はな
んて叫んだか。アーリア。」とか、「打製石器はださいからか。」など、みんながしらけるようなものが多い。 

 ダジャレならば、技術の先生が言った、「薪を作るときに、斧を振り下ろすと薪がオーノーと言って、斧がおのれーと言って木を切る、ということはあり
ませんけど……。」という方がみんなにはうける。 

 「過ぎたるは猶及ばざるが如し」で、一人でべらべらと喋っているのはあまり良くない。逆に、あまりにも簡潔過ぎて、何が言いたいのか分からないとい
うのもだめだ。程よく息抜きをするくらいが良いのだ。                          
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