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seisyo アジサイ の広場
YES せし 高1

 火というのを見ると言う事は日常に少ないことだ。日常でも火は見れるけどガスコンロなんかで見る火なんかではぜんぜん感動しない。これでは全く意味
の無いことになってしまう。ガスコンロの火に比べてキャンプファイヤーの火は生き生きしてるというかなんかおちつくというか不思議な力で満たされるの だ。  

 キャンプファイヤーの周りにいる人達はもちろん盛り上がっていることだろう。キャンプファイヤーは長い時間ずっと燃えている。それを調節している人
はもちろんいる。その人は周りの人も束ねなくてはならない大変な人だ。人間は難しい生物だ。  

 人間は合理的だけでは生きていくことができないと思う。今の時代は合理的からなっているようなもんだと初めにいったように合理的を悪いというか批判
すればこの時代が悪いといっているようなものなのだ。しかし僕は今の時代は嫌いではない。しかし自然的な見方をすることは大切だ。必要がないかもしれ ないけれど感動を与えてくれる一つの自然としてこれからも受け継がれていくべき事ではないだろうか?  

 
                                                   
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