先頭ページ 前ページ 次ページ 最終ページ
私が市場へゆくには・・・を読んで キジバト の広場
しっぽ ほし 中1

 昔と今の道の作りは全く違う。今はアスファルトの道が普通だが、昔は本当に自然のままの田んぼのあぜ道などが
 

 あたりまえだった。作者は、「アスファルトを無味乾燥なアスファルト」と表現し、土によってできた道をものみな全てにいとおしみを感じながら歩く土
の道」とあらわしている。なぜだろう。アスファルトの道は、虫や動物が歩かない。ところが、土の道は所々に草が生え、虫や動物が隠れたりするのには絶 好の場所だ。また暑いとき、アスファルトの道はとにかく受けた日光をそのまま照り返すが、土の道はその暑さを柔かく包み込んでくれるような気がする  

 (私の気のせい?)。
 

 私の田舎は広島の山奥にある。特に祖母の家の周りはすごい。まだ誰も足を踏み入れた事のないような山や、入ったら危険という地帯まであるのだ。(いっ
たい何が危険なのだろう・・・・・・。)近くの山に一人で探険に行ったことがあるのだが、都会(?)暮らしの私にはそこで見るなにもかもがめずらしかった。細 く落ち葉の積もった道はいつまで歩いても飽きなかった。歩く度にちがう景色が見えて、「すごいなあ。」と驚くことがとても多かった。それに比べて私の 家の近くにある公園は、なんだか限られた範囲、というか、檻の中(?)という感じがしてならない。一見たくさんの遊具がありとても楽しそうに見える公園 だが、何度も来るとつまらなくなってしまう。そして、まわりは住宅街などに囲まれ、なんだか固く冷たい感じがする。ところが田舎はそういった遊具など がない。だから仕方なく鬼ごっこなどをするしかないのだ。その鬼ごっこは公園でするよりも逃げる場所が沢山あるしので楽しい。また、新しい遊びも発見 する事ができるだろう。  

 やはり、人間というものは自然の中にいると落ち着くものなのだろう。きっと、自然の優しさを知らない人間ばかりがいたら、なんの感情も持たない冷た
く、思いやりを持たない人が沢山いる、さびしい地球になってしまうだろう、と私は思う。自然というものは人間にとってかけがえのないものなんだなあ、 と思った。  

 
                                               
ホームページ