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清書:叱られたわけ(清書) アジサイ の広場
AE86 えや 高1

 「今の親は甘くなってきている」とよく言われている。確かにそうだ。しかし、私はそれ以上に「冷たくなってきている」と思う。その理由として「無関
心さ」が挙げられる。子供が何かを話しても適当に流したり、全く聞く耳を持たなかったり。このような親は、「自分の子供を叱る」といった感情は全く起 こらないのだろう。このような親に育てられた子供は、自分の子供にも絶対に注意できない。というより、注意の仕方が分からないであろう。  

 子供は「注意されること=ありがたい」とは思えないはずだ。怒られなければ「気楽で良い」と思うだろうが。しかし、叱られたことのありがた味は大人
になってから分かるものなのだ。私の好きな歌手にサザンがある。その人たちが歌っている歌に「心を込めて花束を」という歌がある。この歌詞に私は非常 に心を打たれた。  

 今からでも遅くない。叱るべきところでは叱り、叱られるべきところでは素直に叱られ、それを自分のものにしていこう。
 

 
                                                   
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