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清書:タイミング イチゴ の広場
ゆり あさつ 小5

 私はこの話をよんで1番大切だと思ったことは、なにごとも、しらなかったたり、よく分からなかったりするときは、正直に知っている人にきかなければ
いけない、知ったかぶりをしてはいけないということだ。  

 ものごとにはいろいろなタイミングというものがある。たとえばむかし、私はポケモンにむちゅうになっていたときがあったが今ではぜんぜん好きでも何
ともなくなっていた。今おもえばあれはなんだったのだろう、と、まるでまほうがとけたようである。反対にむかしはパソコンのゲームやインターネットを やってみてもおもしろいとはおもったけれどむちゅうになるほどではなかった。だが、いまではパソコンのゲームはとてもおもしろいし、インターネットは やっていると時間を忘れてしまうほどむちゅうになってしまう。このことも他の人のえいきょうなどの適当な刺激によってのそっ啄の機だと思う。  

 もっと身近にかんがえてみると、このあいだの夕飯のときさいごのほうに知り合いからもらったカレーがでてきた。そのカレーは本格的なおみせのひとが
つくったものでおいしいらしいがもうおなかはいっぱいでたべることができなかった。とてもタイミングが悪かったのだ。せっかくだから時間がたってから 少し食べてみたのだがとても辛くて食べることができなかった。反対におなかがすいていたときにめのまえに食べ物がでてきたらちょうど良いタイミングだ 。すごくうれしくてラッキーだと思う。  

 いくら1つの方ががんばっても、もう1つの方のちからが加わらなければなにもならない。はやすぎずおそすぎないちょうど良いタイミングがものごとに
はあるということが分かった。  

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 

 
                                       
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