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大きな親切 アジサイ の広場
杉田大岳 うい 高1

 近頃、叱るという行為が少なくなってきている。それは、経験の浅い子供にこそ必要なものである。若いときは自惚れが強く、我も強い。反省と、訓練、
謙虚さと、自惚れ、そのどれもが欠けてもいけないと思うのは、歳を重ねた後の境地である。それまでは、どうしても自惚れが先行する。それをあえて苦言 を呈し、叱ることは受動者に大きな影響を与える。  

 叱る、叱られるということをするにはどうするべきか。それには、個人の度量ということも含まれている。近頃なぜ叱る人間が減ったのかというと、その
あとの過激になり過ぎた反発のためである。度量のない人間は、自分の非を認めることを拒み、反発する。それは、幼いときは当然の行為だと思う。しかし 、現代ではそれがエスカレートして、暴力行為にまでなることもある。個人個人が、叱られた意味をしっかりと理解して、考える度量を持つことが、求めら れている。  

 社会的には叱るということを、規制という制裁でカバーするしかないと思う。昔は叱られるということ自体が、規制と同じような効果を持っていたが、今
の人間は叱られることが少なくなり、その程度も弱くなったため、その効果が薄くなってきているのだ。  

 確かに、相手のことを理解し、思いやりをもって接することは大切だ。しかし、理解すること、思いやりを持つことなしで人間関係を構築してきた現代社
会の結果を見ると、苦言を呈して、相手のことを考えることが、最も今求められているのだ。  

 
                                                 
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