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清書:言 アジサイ の広場
ほり内 ぬり 中1

 
 

 言葉は、大変便利である。
 

 しかし、その言葉は普段、情報の伝達に利用されている。その言葉は、別になにもつっかえもせず、簡単に相手の脳に行き渡る。つまり、どんなものでも
通る光のようなものだ。つまり、良く透き通っているのだ。しかし、詩などは、どうも簡単に脳には行き届かない。つまり、黒い鉄球のようなものだ。これ は、確かに実用性はないが、おもしろさがある。  

 
 

 
 

 僕は言葉におもしろみがある方が良いと思う。
 

 僕はこんな体験がある。水曜日の、5、6時間目の授業のとき、技術家庭の授業があった。最初の頃は、実技をずっとやっていたのだが、最近、教科の授業
が多くなり、理屈的なことばかり、叩き込まれた。90分間の間に、眠くなってしまった。この事も、実用的な言葉と、おもしろみのある言葉の関係である。  

 確かに、実用的な言葉も「情報の伝達」という役割があるが、おもしろみのある言葉も、ちゃんと「お笑い」という役割があるのだ。
 

 
 

 
                                       
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