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物知りさん アジサイ の広場
金剛くん あゆわ 中2

 何でも良く知っていて次から次へとしゃべっている人のほとんどが新聞や雑誌に出ている「情報」で浅い「知識」しかない人生の中での「知恵」となって
いないのである。このかっこつけした三つの中で一番興味深いのは「知恵」である。知恵があるかないかは、一に、ものを自分の頭で考えているか、そうで ないかなのである。マニュアル化した文化に自分で考える知恵を備える事が大切である。  

 僕も生きていく上で知恵は大切なものだと思う。これは昔の話になるのだが今国語の授業でやっている文に縄文土器についてが書いてあった。今まで庶民
どころか科学者までもが「縄文時代につくられたものなのだからいつでもどこでも簡単に作れるものだ」と思っていた。しかし筆者が縄文土器と同じ方法で土 器を作ろうとしたら水もれがしてしまったのだ。さらに研究を重ねた筆者は十年もの年月の後についに同じ物を作る事ができたのだ。今の私達の知識による 考えを打ち破るほどの、たくさんの知恵が絞られていたのである。  

 しかし知識や情報による基本知識がなかったら知恵もくそもないと思う。南極に行った人達が家を建てる為のくぎを忘れてしまった時水をかけて凍らせて
家を作ったといういかにも知恵による例だがもしこの人達が水はうんと冷やせば凍ってしまうという知識を持っていなかったら(そんな大人がいるとは思えな いけど(笑))どうなっていただろう。南極、日本往復のたびになっていただろう(笑)。  

 この様に「情報」、「知識」、それと「知恵」。僕はもちろん「知識がはしごを作ったのではなく二階に上がりたいという熱意がはしごを作ったのだ。」と
いう名言のように、(この名言を良く読んでいると二階を作った後二階に上がれなくなった人がはしごを作ったのかなとちょっと思う)知恵の方が大半を占め ている方が良いと思う。しかし知識も普通にないと今はやっていけないと思う。  

 
 

 
                                               
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