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“火”
アジサイ の広場
惇平 あはえ 中3
 人類の歴史とは、火の使用という驚くべき体験によって幕を開け、いかにし
てその火を手なずけ、制御するかという挑戦の歴史といえるのかもしれない。
かつての火は個人のレベルで向き合って対処することができたのだが、社会化
されてしまった現在は、時に個人の知らぬところで爆発する。今や「火」は一方
では飼い慣らされた無純なしもべであると同時に、いつどこで暴走するかもし
れない不気味なダモクレスの剣とかしてしまっているのである。
 
 現在多くの家ではボタンを一つ押すだけで料理をし、風呂を温めることがで
きる。技術が進歩したためだ。しかし火をたこうとした時、うまく付けられる
人はあまりいないのではないか。火を使うことに不慣れになっているからだ。
また火を間違った使い方をしていれば、大惨事になりかねないことも私達は覚
えておかなければならない。うちの親は実家がド田舎だったらしく、風呂は木
を燃やして温めていたらしい。「めんどくさかった」といってたが、それだけ
火の恐ろしさや危険を知っているわけで、どんな事に気をつけなきゃいけない
かとかはその辺のオヤジよりはよっぽど知ってる。だから今でも火を使う時は
頼れる存在になっている。(←それくらいしか見せるとこがないない)。この
ように、小さい頃から火になれておくことは大事だ。
 
 現在は放火などの火を悪用した事件がよく起こっていると聞く。また事件の
多くは「遊び半分でやった」のが原因になっている。家の学校でもトイレット
ペーパーを燃やしたという事件があった。このように火を軽んじて見た例は、
火を簡単にコントロールできる現代になって増えてきている。『経験は最良の
教師である』という言葉があるが、前文のように小さい頃から火に触れ、どれ
だけ恐ろしいものかを体験するなら、こうした事件も未然に防ぐことが出来る
のではないかと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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