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そして誰もいなくなった
アジサイ の広場
GTO えま 中3
 私の英語力はほとんど中学三年間の教育に依拠している。高校時代に覚えた
難しい単語は記憶のかなたへ霧散してしまったし、大学時代の英語教育は無き
に等しかった。現在小説を読むリーディングの授業は他力本願で何も身に付か
なかった。一番ひどかったのがアメリカ人講師による会話のクラスだ。これに
はどうしても馴染むことができなかった。その主な理由は、講師の「笑顔」に
あった。
 
 それから十年以上経った昨夏、女子大生の言語研修に同行してアイオワ州の
ある大学へ行った。ある時、私は見てしまったのだ。今までニコヤカに笑顔を
振りまいていた教授が、一人になった途端、考え深げな、どことなく徒労感の
漂う表情に戻るのを。彼らは実に意識的な人々だった。その厳しい現実の一つ
がきっと理解不可能な他者の存在なのだろう。ここにいたって、その昔、苦手
だった英会話のクラスで何が起こっていたのか、私はようやく理解した気がす
るのだ。アメリカ人はあんなに毎日一生懸命生きていて疲れないのだろうか。
 
 最近は自分の意志を持たない人が多すぎる。「こういうことを伝えたい」と
か「ここが分かって欲しい」という思いを伝えられることが必要だ。「向こう
から知らない人が歩いてくる。言葉は通じそうにない。ナイフで刺されたらど
うしよう」このような心理的風土のもとでなら、過剰だろうがなんだろうが誤
解の余地もないほどに微笑んで敵意のないことを相手に示す必要がある。それ
も大切な異文化の一つである。
 
 自分の意志を確実に相手に伝える方法、其の壱は、アメリカの人みたいに毎
日笑顔で過ごそう!
 
 自分の意志を確実に相手に伝える方法、其の弐は、小さい事を気にしない。
 
 今現在の私達は自分らしさというものを忘れかけているような気がする、そ
してそういう事が自分の将来やりたい事や夢などを持つ人が少なくなってきた
のではないか?
 
 自分の将来の夢はレーサーになりたい。そして、世界で一番速い奴になる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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