その日、天気はよかったが昼になっても外気はあたたまることがなく、寒さは人々のからだを縮み上がらせていた。日ごろは、いたずら盛りの中学生をのみ込んで活気があふれている校舎も、なんとなくふんいきが沈んでいるようにみえた。もっとも、ふだんのように喚声が聞えないのは、その日が年の瀬をひかえた二学期の終業式ということもあった。式の後、クラスでの行事が終わると、近井正治はだれよりもはやく教室を飛び出した。彼は人かげのない運動場を横切って、一刻も早く校門を出ようと思っていた。しかし、十メートルも走らないうちに、正治は足がもつれてつんのめった。災難に会っている彼には非情な表現になるかもしれないが、うつぶせに倒れている正治の姿態は、はたから見るとみじめでぶざまだった。瞬間のことではあるが、正治は失神していたのであろうか、意識をとりもどし、頭をもたげて前方を見ると、目の前の運動場が折れ曲がって、端の方からかぶさるように上がってくる。そして彼自身は、足の方からもち上げられて逆さにのめり込んでいくような気がした。いつの間にか、周囲には人だかりがしていた。正治のクラスメートたちだった。
「何を見てるんだ。」
正治はそう言いながら両手をついて立ち上がろうとしたが、右のふくらはぎに激しい痛みを覚えて、そのまま突っ伏した。みんな、おれをみておもしろがっているな、彼はくやしくてならなかったが、どうにも身動きできなかった。
二年生の中ほどに、都会から田舎の中学に転校して来た正治は、そこでの自分の身の処し方を考えた。まちでは、大人も子供も如才なく人と接触する。けれども、まるごとの人間関係に支えられている田舎には、都会のような気やすいものはみられない。そういうところで違和感をもち、彼は自分の居住地の風土に容易になじもうとはしなかった。むしろ、集団の中で「我」を通すことによって、都会育ちの自らの存在を誇示しようとした。しかし、結果は逆だった。周囲は自然に冷たくなり、正治は集団から、逃げ出すことばかりを考えていた。それは三年生になっても変わることがなかった。
「近井、どうだい。」
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