a 読解マラソン集 5番 「いれもの」は、 tu3
 「いれもの」は、実用てきにいえば文字どおり、「もの」を「いれる」ための「もの」ということであって、それ以上いじょうでも以下いかでもない性質せいしつのものだ。
 しかし、「いれもの」をたんに実用てき機能きのうの面だけで割り切っわ き て考えることができないのも、人間のおもしろいところだ。もちろん、要するによう   、ものがはいればそれでよい、というので、ありあわせの古いボール箱などを「いれもの」として使うこともあるが、それは、たとえば引越しひっこ のとき、といった臨時りんじの「いれもの」であって、まがりなりにも、生活備品びひんとしての「いれもの」には、われわれはなんらかの美的びてきくふうを凝らすこ  。古いボール箱に紙をはり、空きカンにはペンキを塗るぬ 。「いれもの」は、うつくしくなければならないのだ。「いれもの」がうつくしくなければ、生活そのものがうつくしくないのである。
 商品化された「いれもの」を買うときのわれわれは、ときとして、そのなかにはいるものを買うときよりも慎重しんちょうである。たとえば、小麦粉こむぎこだの砂糖さとうだのは、日常にちじょう必需ひつじゅ品であって、べつに銘柄めいがらを指定することもないが、それらの食品をいれるキャニスターを買うときには、あちこちの店を歩きまわって、よいデザインの品物をさがす。値段ねだんが多少高くても、うつくしいものを手にいれようと一生けんめいになる。
 タンスなどもそうだ。値段ねだんと実用せいからいえば、デパートの特価とっか品売り場にたくさんタンスがならんでいるから、そのなかからえらべばそれでよいのだが、ながく使う家具、と思うと、なかなか実用一点ばりで気軽に買う気にはなれない。使われている材料ざいりょうだのデザインだのを吟味ぎんみして、いいタンスをさがしまわる。
 つまり、「いれもの」は、たんなる「ものいれ」ではないのである。「いれもの」はそれじたいの価値かちをもつものである。まえにあげた女性じょせいのハンドバッグなどもその一れいだ。実用機能きのうからいえば、財布さいふだの化粧けしょう品だのといった小物がそのなかにはいればそれでよいので、極端きょくたんにいえば、丈夫じょうぶ紙袋かみぶくろだって間にあう。しかし、そう
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はゆかない。ハンドバッグは、「ものいれ」なのではなく、それじしん、うつくしい「もの」でなければならないのである。だから、ハンドバッグその他の袋ものふくろ  に、高いおカネを払うはら 
 そればかりではない。「いれもの」がうつくしい「もの」であることによって、そのなかにはいるものの価値かちもすっかりかわってしまうからふしぎである。

加藤かとう秀俊ひでとし暮しくら の思想」)
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a 読解マラソン集 6番 城あとのまん中に、 tu3
 しろあとのまん中に、ちいさな山があって、上のやぶには、野ぶどうの実がにじのようにうれていました。さて、かすかなかすかな日照り雨ひで あめ降りふ ましたので、草はきらきらと光り、向こうの山は暗くなりました。そのかすかなかすかな日照り雨ひで あめがはれましたので、草はきらきら光り、向こうの山は明るくなって、たいへんまぶしそうに笑っわら ています。そっちの方から、もずが、まるで音ぷをばらばらにしてふりまいたように飛んと できて、みんな一度に、銀のすすきのほにとまりました。
 野ぶどうはかんげきしてすきとおった深い息をつき、葉からしずくをぽたぽたこぼしました。
 東のはいいろの山脈さんみゃくの上を、冷たいつめ  風がふっと通って、大きなにじが、明るいゆめの橋のようにやさしく空にあらわれました。そこで、野ぶどうの青白い樹液じゅえきは、はげしくはげしく波うちました。
 そうです。今日こそただの一言でも、にじとことばをかわしたい。おかの上の小さな野ぶどうの木が、夜の空にもえる青いほのおよりも、もっと強い、もっとかなしいおもいを、はるかの美しいにじにささげると、ただこれだけを伝えつた たい、ああ、それからならば、それからならば、実や葉が風にちぎられて、あの明るい冷たいつめ  まっ白の冬のねむりにはいっても、あるいはそのままかれてしまってもいいのでした。
「にじさん。どうか、ちょっとこっちを見てください。」野ぶどうは、ふだんのすきとおる声もどこかへ行って、しわがれた声を風に半分とられながら叫びさけ ました。
 やさしいにじは、うっとり西のあおい空をながめていたおおきなあおいひとみを、野ぶどうに向けました。
「なにかご用でいらっしゃいますか。あなたは野ぶどうさんでしょう。」
 野ぶどうはまるでぶなの木の葉のようにプリプリふるえてかがやいて、いきがせわしくて思うようにものが言えませんでした。
「どうかわたしのうやまいを受け取ってください。」
 にじは大きくいきをつきましたので、黄やすみれ色は一つずつ声をあげるようにかがやきました。そして言いました。
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「うやまいを受けることはあなたもおなじです。なぜそんないんきな顔をなさるのですか。」
わたしはもう死んでもいいのです。」
「どうしてそんなことを、言うのです。あなたはまだお若いわか ではありませんか。」

宮沢みやざわ賢治けんじ「花の童話集」)
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a 読解マラソン集 7番 あまがえるどもは、 tu3
 あまがえるどもは、はこんできた石にこしかけてため息をついたり、土の上に大の字になってねたりしています。そのかげぼうしは青く日がすきとおって地面に美しく落ちていました。団長だんちょうはおこって急いで鉄のぼうを取りに家の中にはいりますと、その間に、目をさましていたあまがえるは、ねていたものをゆり起こして、団長だんちょうがまたでてきたときは、もうみんなちゃんと立っていました。カイロ団長だんちょうがもうしました。
「なんだ。のろまども。今までかかってたったこれだけしか運ばないのか。なんというきさまらはいくじなしだ。おれなどは石の九百かんやそこら、三十分で運んで見せるぞ。」
「とてもわたしらにはできません。わたしらはもう死にそうなんです。」
「えい。いくじなしめ。早く運べ。ばんまでにできなかったら、みんな警察けいさつへやってしまうぞ。警察けいさつではシュッポンと首を切るぞ。ばかめ。」
 あまがえるはみんなやけくそになってさけびました。
「どうか早く警察けいさつへやってください。シュッポン、シュッポンと聞いているとなんだかおもしろいような気がします。」
 カイロ団長だんちょうはおこってさけびだしました。
「えい、馬鹿ばか者めいくじなしめ。えい、ガーアアアアアアアアア。」カイロ団長だんちょうはなんだかへんな顔をして口をパタンととじました。ところが、「ガーアアアアアアア」という音はまだつづいています。それはまったくカイロ団長だんちょうののどからでたのではありませんでした。かの青空高くひびきわたるかたつむりのメガホーンの声でした。王さまのあたらしい命令めいれいのさきぶれでした。
「そら、あたらしいご命令めいれいだ。」と、あまがえるもとのさまがえるも、急いでしゃんと立ちました。かたつむりのふくメガホーンの声はいともほがらかにひびきわたりました。
「王さまのあたらしいご命令めいれい。王さまのあたらしいご命令めいれい。一個条かじょう。ひとに物をいいつける方法ほうほう。第一、ひとにものをいいつけるときはそのいいつけられるものの目方で自分のからだの目方をわって答を見つける。第二、いいつける仕事にその答をかける。第三、
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その仕事を一ぺん自分で二日間やってみる。以上いじょう。その通りやらないものは鳥の国へ引きわたす。」

宮沢みやざわ賢治けんじ「カイロ団長だんちょう」)
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a 読解マラソン集 8番 さああまがえるどもは tu3
 さああまがえるどもはよろこんだのなんのって、チェッコという算術さんじゅつのうまいかえるなどは、もうすぐ暗算をはじめました。いいつけられるわれわれの目方は拾もんめやく三十七グラム)、いいつける団長だんちょうのめかたは百もんめ、百もんめわる拾もんめ答十。仕事は九百貫目かんめ、九百貫目かんめかける十、答九千貫目かんめやく三万四千キロ)。
「九千かんだよ。おい。みんな。」
団長だんちょうさん。さあこれからばんまでに四千五百貫目かんめ、石をひっぱってください。」
「さあ王様の命令めいれいです。引っぱってください。」
 今度は、とのさまがえるは、だんだん色がさめて、あめ色にすきとおって、そしてブルブルふるえてまいりました。
 あまがえるはみんなでとのさまがえるをかこんで、石のあるところへつれて行きました。そして一貫いっかん目ばかりある石へ、つなをむすびつけて
「さあ、これをばんまでに四千五百運べばいいのです。」といいながらカイロ団長だんちょうかたつなのさきを引っかけてやりました。団長だんちょうもやっと覚悟かくごがきまったと見えて、持っていた鉄のぼうを投げすてて、目をちゃんときめて、石を運んで行く方角を見さだめましたがまだどうもほんとうに引っぱる気にはなりませんでした。そこであまがえるは声をそろえてはやしてやりました。
「ヨウイト、ヨウイト、ヨウイト、ヨウイトシャ。」
 カイロ団長だんちょうは、はやしにつりこまれて、五へんばかり足をテクテクふんばってつなを引っぱりましたが、石はびくとも動きません。
 とのさまがえるはチクチクあせを流して、口をあらんかぎりあけて、フウフウといきをしました。まったくあたりがみんなくらくらして、茶色に見えてしまったのです。
「ヨウイト、ヨウイト、ヨウイト、ヨウイトシャ。」
 とのさまがえるはまた四へんばかり足をふんばりましたが、おしまいのときは足がキクッと鳴ってくにゃりとまがってしまいました。あまがえるは思わずどっとわらいだしました。がどういうわけかそれから急にしいんとなってしまいました。それはそれはしいんとしてしまいました。みなさん、このときのさびしいことといった
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わたしはとても口ではいえません。みなさんはおわかりですか。ドッといっしょに人をあざけりわらってそれからにわかにしいんとなったときのこのさびしいことです。
 ところがちょうどそのとき、またもや青ぞら高く、かたつむりのメガホーンの声がひびきわたりました。
「王様のあたらしいご命令めいれい。王様のあたらしいご命令めいれい。すべてあらゆるいきものはみんな気のいい、かあいそうなものである。けっしてにくんではならん。以上いじょう。」それから声がまたむこうのほうへ行って「王様のあたらしいご命令めいれい。」とひびきわたっております。
 そこであまがえるは、みんな走りよって、とのさまがえるに水をやったり、まがった足をなおしてやったり、とんとんせなかをたたいたりいたしました。
 とのさまがえるはホロホロ悔悟かいごのなみだをこぼして、
「ああ、みなさん、わたしがわるかったのです。わたしはもうあなたがたの団長だんちょうでもなんでもありません。わたしはやっぱりただのかえるです。あしたから仕立屋をやります。」
 あまがえるは、みんなよろこんで、手をパチパチたたきました。
 次の日から、あまがえるはもとのようにゆかいにやりはじめました。

宮沢みやざわ賢治けんじ「カイロ団長だんちょう」)
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