a 読解マラソン集 1番 吾一はそとへ ti3
 吾一ごいちはそとへ遊びに行きたかったが、あいにく、おっかさんもいないので、買ってきたものを、置きお っぱなしにして行くわけにはいかなかった。こんなにしていると、焼きイモや   がつめたくなってしまう。かれはさめないようにと思って、ふくろのままふところに入れて、あっためていた。しかし、おとっつぁんも、おっかさんも、なかなか帰ってこなかった。
 と、えりとえりの合わせ目から、なんともいえない香ばしいこう   においが、ほど合いのあったかさを持って、ぽうっとのぼってくる。吾一ごいちは大いに誘惑ゆうわくを感じたが、思いきって、両方のえりをぴしんとかき合わせて、顔を横のほうに向けていた。それでも、あごの下のほうから、香ばしいこう   においがあがってきたが、かれは目をつぶって、がまんをしていた。すると、今度は焼きイモや   のぬくもりで、おなかがだんだんあったかくなってきた。あったかになってくると、はらがときどきガマのように、グーと、うなりだした。
 そのころ、吾一ごいちはおやつをたべていなかったから、わけてもはらがすいていた。お小づかいをもらわないわけではないけれども、小づかいはなるたけ貯金ちょきんするようにと、学校の先生から言われて以来いらい、それを実行しているのである。しかし、三時ごろになると、毎日おなかがすいてたまらなかった。けれども、そこを我慢がまんして、小づかいをつかわないようにしなくてはいけないのだと思って、こらえているのである。しかも、これをたべたところで、貯金ちょきんは少しもへるわけではない。あごの下からは、あい変わら  か  香ばしいこう   においが鼻を突いつ てきた。焼きイモや   のにおいというものは、特別とくべつ、鼻を刺激しげきする。
「おだちんに、一つぐらい、いいだろう。」
 とうとう、こらえられなくなって、吾一ごいちふくろの中に手を突っこんつ   だ。
 きょうのは丸やきなので、わけてもうまかった。かれ夢中むちゅうで一つたいらげてしまった。一つたべると、前よりかえって食欲しょくよく増しま てくる。と、ひとりでに手がふところの中にはいって、また一つ取
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り出した。さっきの焼きイモや   屋での不愉快ふゆかいなことなんか、もうすっかり忘れわす てしまっていた。
 そして、一つ、二つとたべているうちに、一せんぐらいの焼きイモや   は、いつのまにかなくなって、ふところの中は、新聞がみのふくろだけになってしまった。
 ぺしゃんこになっているふくろが、指のさきにさわった時、吾一ごいちは言いようのない寂しさび さにおそわれた。かれ泣きな だしたいような気もちになった。そして、ふところの新聞がみのふくろを引っぱり出して、はしのほうを、わけもなく、ちぎっていた。

(山本有三 「路傍ろぼうの石」)
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a 読解マラソン集 2番 煙突の上のほうが、 ti3
 煙突えんとつの上のほうが、ぜんぶ燃えも あがっていました。しんにしてあったぼう燃えも ているのです。つよい風にあおられたほのおが、いまにも屋根にうつりそうに長いしたをのばしていました。かあさんは、長いぼうをひっつかむと、ゴーゴーと燃えも あがる火をむちゅうでたたきつづけ、ほのおをあげている木ぎれが、かあさんのまわりにどんどんおちていきました。
 ローラはどうしていいかわかりませんでした。自分もぼうをひっつかみましたが、かあさんにそばへよってはいけないととめられました。火は、ものすごいいきおいで、ゴーゴー音をたてて燃えも ています。いまにも家が燃えも つくすかもしれないのに、ローラにはどうすることもできないのです。
 ローラは家にかけこんでいきました。燃えも ている木や石炭が、煙突えんとつからおちてきて、炉辺ろへんにころがりでています。家のなかはけむりでいっぱいでした。まっかに焼けや た大きな木ぎれが、ゆかにころがりでてきました。メアリイのスカートのすぐそばです。メアリイは動くこともできません。すっかりおびえきっているのです。
 ローラは、考えるひまもないほど、こわさでいっぱいでした。いきなり重いゆり椅子いすをひっつかむと、力のかぎりひっぱりました。椅子いすは、メアリイとキャリーをのせたまま、ゆかをすべるようにあとへさがりました。ローラが、燃えも ている木ぎれをひっつかんで暖炉だんろにほうりこむのと同時に、かあさんが家へはいってきました。
「えらい、えらい、ローラ。火のついたものがゆかにおちたとき、ほっといてはいけないといったのをよくおぼえていて」
かあさんはそういうと、バケツをとって、手早く、でも静かしず に、暖炉だんろの火に水をかけました。水蒸気すいじょうきがもうもうとあがります。
「手にやけどをした?」かあさんはローラの手をしらべましたが、ローラは燃えも ている木ぎれをおおいそぎで投げこんだので、やけどはしていませんでした。
 ローラは、もう大きいから泣いな たりはしないので、ほんとに泣いな ているわけではありませんでした。ただ、両ほうの目からひとつぶ
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ずつなみだがこぼれ、のどがきゅっとつまっているだけで、それは泣いな ているのとはちがいます。ローラはかあさんにしがみついて、ぴったり顔をくっつけてかくしてしまいました。かあさんが、火事でけがをしなかったのが、ローラはうれしくてたまらないのです。
泣かな ないのよ、ローラ」かあさんはローラの頭をなでながらいいます。「こわかったかい?」
「ええ」ローラはいいます。「メアリイとキャリーが焼けや ちまうんじゃないかと思ってこわかったの。家が焼けや てしまって、住む所がなくなるんじゃないかと思って。あたしーあたし、いまのほうがこわい」
 メアリイもやっと口がきけるようになっていました。そして、かあさんに、ローラが椅子いすをひっぱって、火が燃えも うつらないようにしたのだと話しました。ローラはまだ小さく、メアリイとキャリーがすわったままでは、ただでさえ大きくて重い椅子いすがどんなに重かったろうにと、かあさんはびっくりしました。いったいどうやってローラがそれを動かせたのか、信じしん られないとかあさんはいいます。
「ローラ、おまえはとても勇気ゆうきがあったんだね」かあさんはいいました。でも、ローラは、ほんとうは、とてもこわかったのです。

(ローラ・インガルス・ワイルダー「大草原の小さな家」)
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a 読解マラソン集 3番 まず尚行が ti3
 まず尚行なおゆきがピッチャーになり、真一がバッターボックスに入った。キャッチャーは、高志たかしろうたちが後ろをまもった。
「しっかり打ってくれよ。じゃないと、たいくつしちゃうからな」
 史郎しろうが大きな声で言った。真一はむねがどきどきだ。なんとかうまく打って、史郎しろうをびっくりさせてやりたいと思った。
 尚行なおゆきは、スローボールを投げた。だが、真一がふりまわすバットは、ぜんぜんタイミングが合わない。
「もっと前にきてよ」と、真一は注文をつけた。
 ピッチャーは、さっきよりもっと注意深く、下手からゆるやかにほうった。するとバットは、ボールをかすめて、からぶりした。
「いいぞ、もうちょい!」
 だれかが声をかけた。真一は、背中せなかがぞくぞくっとした。つぎにふったバットで、ボールは、てんてんと前にころがった。
「やったあ」と、真一はさけび、バットをほうりだして車いすをこいだ。史郎しろうがグローブにボールをおさめて、ゆっくりとホームに返球した。キャッチャーが、がっちりつかんで「アウトー!」と、さけんだ。
 真一は、やっと一るいに達したっ ただけだったが、またからだがぞくぞくっとした。
 こんどは、真一は守備しゅびにまわった。グローブをはめて、かまえてはみたものの、とても打球をとるのはむりだとわかった。だから魚あみ専門せんもんにした。
 真一のところにとんでくる球は、車いすにぶつかってはねかえる。すると、車いすがさっと近づいて、あみでボールをすくいとる。まるでバッタでも追いかけているようだ。みんなは、それがおかしくて笑っわら た。
 ひとときがたって、みんな引きあげることになった。真一の新しいユニフォームには、すこし土のよごれがついた。真一は、とても満足まんぞくしていた。何といっても友だちといっしょにやる野球は、親子ふたりの野球とはぜんぜんちがったべつの満足まんぞく感があった。尚行なおゆき史郎しろうたちのほうも、いつもの野球とはちょっとちがう感じだった。でもこれはこれでおもしろいと思った。
 家に帰ると、洋子がおやつを用意してまちかまえていた。テーブ
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ルには、クッキーやチョコレート菓子かしがならび、ガラス皿にくだものがもられている。みんなは、はじめ目を見合わせて、悪いからとえんりょしようとした。
「なに言ってるの、せっかく用意したのに食べてくれなくちゃ、おばさん悲しいわよ」
「じゃあ、いただきまーす」
 洋子は、みんなのコップにジュースをつぎながら、
「どうもありがとうね、きょうのシンちゃん、ピカピカかがやいているわ」と言った。
「ぼく、大きいの打ったんだからね」と、真一はじまんげに言った。
「おばさん、ほんとにシンちゃんうまいんだよ」
 尚行なおゆきが言うと、史郎しろうもクッキーを口にほおばりながら、
「ほんとだよ、ぼくもびっくりしちゃった。車いすで野球ができるなんてすげえや」
と言った。真一は、自分専用せんようの白いカップに顔を近づけて、ふとい曲がったストローでうまそうにジュースを飲んだ。

(山県たかし声援せいえんがきこえる」)
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a 読解マラソン集 4番 授業参観日だといって、 ti3
 授業じゅぎょう参観さんかん日だといって、こんなにきんちょうしたことは、いままでになかった。亜紀あきは、国語の教科書をつくえの上にだして、大きく深呼吸しんこきゅうした。それから、ちらりとうしろをふりかえった。
 教室のうしろには、もう五、六人のお母さんたちがたっていた。
(あ、エミーのパパだ)
 ちょうど、うしろのドアからはいってきたの高い男の人が、絵美のパパだった、亜紀あきは、この日のために国語の特訓とっくんにつきあって、なんどか絵美の家へいっていたので、すぐにわかった。
 きょうの授業じゅぎょうは、絵美がこのまま桜本さくらもと小学校にのこるか、アメリカンスクールへいかなければならないかがきまるだいじな授業じゅぎょうだ。
(どうか、エミーのパパのまえで、特訓とっくん成果せいかがでますように)
と、亜紀あきはいのるような気もちだった。
『ことわざと生活』のところは、声をだして何回よんだだろう。きのうは、亜紀あきも声がかれるくらい、絵美といっしょに練習した。ことわざも、たくさんおぼえた。
 亜紀あきは、絵美が気になって、なんどもふりかえってみた。絵美は、しんけんな顔つきで教科書をひらいていた。あまり亜紀あきがうしろをむくのでいつのまにかきていた亜紀あきのママが、黒板をさして、「まえをむいていなさい」というしぐさをした。
 教室のうしろが、お父さんやお母さんでいっぱいになったころ、パリッとした背広せびろをきた先生が入ってきた。
「えー、きょうは、十三ページの『ことわざと生活』を勉強します。みんな、どんなことわざを知っているかな?」
 いつもは、わかっていても手をあげない人がおおいのに、授業じゅぎょう参観さんかんの日は、みんながいっせいに手をあげる。亜紀あきも手をあげた。それから、もういちど、絵美をふりかえると、絵美もまっすぐに手をあげていた。
 何人かが、知っていることわざを発表したあと、先生は、
「そうだね、それでは、教科書をよんでみようか」
と、教室をみまわした。
「中山さん、よんでみて」
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 まず、亜紀あきがあてられ、それから、くぎりのよいところできりながら、六人が順番じゅんばんによみすすめた。そして、やっと、
「それでは、つぎは、高田さん」
と、絵美の名まえがよばれた。
「はい」
 絵美は、はっきりとへんじをしてたった。そして、大きな声でゆっくりと教科書をよんでいった。はじめは、少し声がふるえた。
 亜紀あきは、自分のときよりハラハラして、教科書の文字を目でおった。
「ですから、ことわざは……」
 絵美の声がつまった。
「ことわざは……」
 亜紀あきは心の中で、
「ニチジョウ、ニチジョウ!」
と、漢字のよみかたをさけんでいた。絵美が、ちょっと考えて、
日常にちじょうの生活のなかに……」
と、つづけたときは、ほっとした。

松浦まつうらとも子「ライバルは転校生」)
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