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読解マラソン集 9番 おかあさん。私 te3
「おかあさん。私、みかんをいただきたいわ。そんなに、たくさんでなくてもいいのよ。」
「でも、おとうさんが、どうおっしゃるか……」
かの子は、友だちのだれよりも、自分は幸福だと思っています。
例えば、町のお店では、今ごろとても手に入れられないようなみかんも、かの子は、病気の友だちに、持って行ってあげることができるのです。
そこでふと、かの子は思いました。
「あたし、みかんをどのくらい、おとうさんにおねだりしようかしら?」
その時、かたことと、おとうさんのくつ音――。
「おとうさん、お帰んなさーい。」
かの子は、茶の間をつききって、玄関にむかえ出ました。
けれども、どうしたのか、おとうさんはいつもとちがって、おこったような顔つきをしています。
おかあさんも、台所から出てきましたが、すぐ、おとうさんの顔色に気がついて、
「気分でも、お悪いんじゃありません。」
「なーに。そんなことはないよ。」
おとうさんは、自分でやっと自分のきげんが悪いのに気がついたように、きまり悪そうに笑いました。
やがて、着がえをしたおとうさんは、茶の間の食卓の前にすわって、「ほう、おいしそうだな。」
おとうさんは、手作りの野菜サラダが、何よりも好物だったのでした。
食卓には、野菜サラダのほかに、さかなのフライも出ていました。おとうさんは、それをおいしそうに食べます。
かの子は、おとうさんは、病気でなかったのだと安心しました。そして、「ああ、おいしかった。」と、おとうさんがはしを置くのを見て、思い切って言いました。
「おとうさん。私に、みかんをくださいな。たくさんでなくていいの。」
すると、おかあさんも、
「少しで結構ですから、やってくださいません。」
ところが、それを聞くとすぐに、お父さんの顔色は、また、
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たちまちくもってしまいました。
かの子は、びっくりしました。
おかあさんも、はっとして、
「決して、無理にとは申しませんけども……」と、半ばわびるように言います。
というのは、おかあさんは、おとうさんが、みかんのことでおこり出したのだと思ったからでした。
そのみかんというのは、この、県立の農事試験場内にある温室みかんのことで、場長であるおとうさんには、それは、いつでも自由にとることができるのです。
けれども、おとうさんは、みかんに限らず、試験場のものを、家に持ってくることを、絶対に許しませんでした。もし食べてみたいなら、農場の人たちといっしょに働いて、試食をしなさいと言うのです。
おかあさんも、おとうさんの言うのが、正しいのをよく知っています。でも、今日は、かの子の友だちのために、特別、たのんでみたのでした。
でも、おとうさんの顔色からみると、どうやら、それもだめなようです。
かの子は、さびしいような、悲しいような気持ちで、じっと、庭を見ました。その庭の向こうに、水色の屋根を見せているのが温室で、そこには、二十株のみかんの木と、十二株の試験栽培の水稲が大事に守られています。今朝も、かの子は、その前を通る時、まだたくさんのみかんの実が、まるで宝石のように、美しくなっているのを見ました。
でも、それを一つもいただけないとなると、なんだか、おとうさんがうらめしくなります。作るのに、たいそう費用のかかる温室みかんは、当然、高く売らなければならないでしょう。
でも、たった一つぐらい、おとうさんに優しい思いやりの心があれば、買ってくださることもできるのではないでしょうか。
「かの子ちゃん――」と、不意に、おとうさんが声をかけました。
かの子が、だまって、おとうさんに目を移しますと、おとうさんは、まじまじとかの子をながめて、
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読解マラソン集 9番 おかあさん。私 のつづき
「病気をしているのは、どの子なの。」
「あたしと、ならんでいる子よ。」
「ほう。重いのかい。その子の病気は?」
「もう十日ねているの。熱があって、なんにもおいしくないんですって。」
「それで、みかんが食べたいと言うんだね。でも、今ごろ、みかんなんかとても食べられないだろうよ。町には売っていないだろうし、もし売っているとしても、ずいぶん高いだろうからね。――困ったね。今朝ならよかったのに。」
「おや、それじゃ、もう温室にはないんですか。」
おかあさんは、意外だというように、おとうさんを見つめました。
おとうさんは、軽くうなずいて、
「ないんだよ。」
「市場へでも、お出しになったんですか。」
「ばかを言っちゃいかん。市場へ売りに出すくらいなら、苦労して、今ごろまで枝につけておくものか。あれは、特別の事情の人に――例えば、重い病気で、しかも、びんぼうで、食べたいみかんも食べられない――そういった人たちに、一つずつでもわけてやろうと思って、大事に残しておいたんだ。それなのに、今日ちょっとしたすきに、みんなやられてしまった。」
「まあ、だれですの、そんないたずらをするのは。」
さすがに、おかあさんの顔つきも、腹をたてたように険しくなりました。
(住井すゑ「わたしの少年少女物語」)
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読解マラソン集 10番 やわらかい毛皮と te3
やわらかい毛皮とボタンのような目、エナメルのような鼻。コアラは、まったくだれをもひきつける魅力をもっています。だいてほおずりしたい、と思わない人はいないでしょう。 (中略)
コアラという名まえは、「のまない」という意味の原住民のよび名からきていますが、じっさい、コアラは必要とする水分のすべてを、ユーカリの葉からとっているのです。
おさないうちにつかまえられたコアラは、おとなしくて人なつっこいペットにそだつものです。じっさいには、のんきでお人よしというより、無気力というほうがあたっているかもしれません。コアラは、ぶしょうで動きもにぶく、人間をおそれません。木にだきついている一頭のコアラを懐中電燈でてらしても、他の動物たちのように、安全な場所へにげようとあわてることもなく、むしろ、ぼんやりとながめかえすほどなのです。攻撃しやすいことと、その毛皮に人気があるために、今世紀はじめの数年間に、たいへんな数のコアラが殺されました。一九ニ○年から一九ニ一年のあいだに、二十万頭以上のコアラの皮が、オーストラリアの毛皮市場にあらわれ、三年後には、二百万頭をこえる毛皮が輸出されました。
コアラはもう、西部オーストラリアでは見られなくなりました。いまでは、ニュー・サウス・ウェールズ、クイーンズランド、それにビクトリアといった東部や南部の州で、保護される立場になりました。とくべつの保護区でそだてられ、ときには、きゅうに数がへったり、まるでいなくなった地域にふたたびつれてこられてきたのです。でも、コアラの数がふえつつあることは、こんな道路標識があらわれるようになったことでわかります。
コアラが道路を横ぎったりするのは、他の木にうつりたいときだけです。コアラは、一生を木の上ですごします。おもな食物はあるかぎられた種類のユーカリの生長しきった葉です。コアラは、自然界でいちばんたべものにうるさい動物なのです。ある動物園の飼育係は、コアラに食事をさせるいちばんいい方法は、いろいろなユーカリの葉をバイキング方式であたえて、自分の好みのものを見つけださせることだ、といっています。親指が他の指とむかいあわせに
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なった指と、するどいつめをもっているので、コアラは木の幹や枝の上で、すばやく動くことができます。また、繊維の多い葉をしめらせて消化しやすくするための袋を、ほおの内がわにもっています。かれらは、夜行動し、昼は枝のあいだでうつらうつらしてすごし、夜になると、好物の葉を1キロもたべて夜が明けるまでをすごすのです。
カンガルーの赤んぼうとおなじように、コアラの子どもも、うまれるとすぐ、目が見えないままで、母親の毛皮のなかを行進しなければなりません。最初の六か月間をすごす育児のうを見つけるためです。育児のうは、うしろむきになっています。これは、木のぼりをする動物にとって、あまりつごうのよいことではありません。六か月間、袋の中で生活したあとで、コアラの子どもは、おかあさんの肩にうつります。三さいか四さいでおとなになり、なかには二十さいまでなが生きしたものもいます。成長しきったコアラの体重は、約十キロです。
オーストラリアの野生生物管理官が、コアラたちを移動させる目的でわなをかけるときには、さきのほうにくくりむすびのついた、長いさおをつかいます。不安にみちた移動であるはずなのに、コアラたちは、おどろくほどおちついて行動をする、と管理官は報告しています。しかし、新しいすみかとなるはずの木の下についても、しっしっとおいあげられないと、木の幹にのぼろうとしないのです。
コアラをペットとしてかったことのある人は、コアラが、鏡にとくべつの興味をしめすようだ、といっています。鏡にうつった自分の毛むくじゃらの姿を、ながい時間、あきるようすもなくじっと見つめているのだそうです。それは、まるで、コアラが人をひきつける魅力をもった動物であることを知っているように見えたし、どうやらそれを自分でもあじわっているようだった、というのです。
(ドナルド・ディル・ジャクソン 岩倉徳光「世界の野生生物」)
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読解マラソン集 11番 人間が生きていくために te3
人間が生きていくために、どうしても欠かせないものを四つあげなさい、と言われたら、みなさんは何をあげますか。
まず、空気がありますね。そして水、食物、ここまではほとんどの人が考えることと思います。
さて、四つ目は?
サルの研究で有名なM・スワンソンさんという生物学者は、人間が生きていくために不可欠な四番目の要素として、コミュニケーションをあげました。
彼女――M・スワンソンさんは女性です――によりますと、
「人間は、どんな人でも、コミュニケーションのできる相手を持たないとき、病気になって死んでいく」
ということです。
私は、これまで、コミュニケーションということばをくり返し使ってきましたが、その意味は、心の通じ合い、ということでした。
しかし、コミュニケーションの考え方をもっとよく言い表している、私の大好きなことばがあります。
それは、このM・スワンソンさんが言ったことなのですが、
「コミュニケーションとは、人間の心の温かさの交換である」
ということばです。
素晴らしいことばだと思いませんか。みなさんにも、ぜひ覚えていただきたいと思います。
このことばについて説明することは何もありませんが、一つだけ注意してもらいたいのが、「交換」ということばです。これは、ことばのキャッチボールがそうであったように、コミュニケーションというのは、一方通行ではなく、両面通行であるということです。つまり、心の温かさの交換というのは、思いやりのやりとりということになります。
M・スワンソンさんが言っている通り、私たち人間は、おたがいに人間的な心の温かさを感じ合えるような人が、この世界に一人もいなければ、生きていくことはできません。たとえ、行き来をしたり、手紙をやりとりしたり、一緒に住んだりしなくても、心の温かさを感じ合える人が必要なのです。
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もし、家族も、親戚も、友だちも、先生もいなかったとしたら、どうなるでしょう。話し相手も、遊び相手もいなかったら、どうなることでしょう。
自分が一人ぽっちになり、話し相手が一人もいなくなったときのことを想像してごらんなさい。ロビンソン・クルーソーのように、南海の孤島にたった一人ぽっちで残されたときのことを考えてみてください。たとえ、食べることが保証されていたとしても、ずっとその状態が続いたら、私たちはふつうの生活を送っていくことができないのではないでしょうか。
M・スワンソンさんはサルの研究をしていますが、サルにとっても、コミュニケーションは非常に大切なことなのです。
彼女の実験によりますと、群れをなして生活をしているサルの中から一匹だけ隔離すると、一週間もすると、サルの行動が目に見えて変化してくるそうです。仲間たちとのコミュニケーションが断ち切られたことによって、サルの行動に狂いが生じてくるのです。
いろいろな例が報告されていますが、一つだけ紹介してみます。
サルは全身毛で被われていますが、その毛を一本ずつ一生懸命に抜いていくのだそうです。寝ているときと食べているとき以外は、ほとんど毛を抜き続けているので、しまいには、抜いたところが赤むけになり、気持ち悪くて見ていられないぐらいになるそうです。ところが、このサルを元の仲間のところに帰してやると、この毛抜き作業がぴたりと止み、ふつうの状態に戻るそうです。
私たち人間も、だれ一人としてコミュニケーションのできる相手がいなくなってしまったら、精神にどのような狂いが生じ、どのような行動をとることになるのか、考えただけでも恐ろしい気がします。
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読解マラソン集 11番 人間が生きていくために のつづき
転校したときや見知らぬ土地で一人暮らしを始めたときに感じる孤独感は、コミュニケーションの大切さをよく物語っています。そんなとき、私たちは、友だちが欲しいなあ、話し相手が欲しいなあ、と思います。つまり、コミュニケーションのできる相手を求めているわけです。
そして、実際にコミュニケーションをすることによって、新たな人間関係をつくり出し、新しい環境の中で生活していくことができるようになるのです。
人間というものは、コミュニケーションのできる相手が多ければ多いほど、楽しく充実した生活を送ることができます。そして、その積み重ねが、豊かな実りある人生につながっていきます。そうした人生が送れるように、ことばのキャッチボールがあるのです。
(斎藤美津子「話しことばのひみつ」)
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読解マラソン集 12番 わたくしたちは、「美しい」 te3
美しい景色をみて思わず、「きれいね」と口にでて、たのしい思いになる、それでもう十分とも思いますが、そのたのしい思いにさせてくれるものの姿を、たしかめてみましょう。
美しいものと、美しくないものと、わたくしはいま自分の部屋を見まわして、よりわけてみました。
机の上のペン皿にあるえんぴつ、何本かのえんぴつの中で美しく目にうつるのは、けずりたてのえんぴつです。シンがまるくなったり、折れたままのは美しいとは思えません。
お皿に盛ったバナナは、あざやかな黄の色をしていて美しい。でも実をたべてしまった皮は、皮になった瞬間に、もう美しいとは思えませんし、色もまたたちまち黒ずんできたなくなってしまいます。
けずりたてのえんぴつが美しく目にうつるのは、「どうぞ、いつでもすぐに使えますよ。」と、すぐに役にたつ姿を見せてくれているからでしょう。
バナナの皮も、中に実をつつんでいるという、使命をもっているときは美しいのですが、その使命が終わって皮だけになった瞬間に美しくなくなります。
こうしたことを思うと、人に心よい感動をあたえる美しさとは、そのものが役にたつという姿を見せているところにあるのではないかと思われます。
花が美しい、木々が美しいというのは、その命の美しさを感じるところにあります。命とは活動することであって、つまり、役目をはたしている姿です。花も木も、せいいっぱいに生き、そして自分たちの子孫を永続させるために、花を咲かせ、実をならし、その命を充実させて、活動しているのです。
わたくしたちは働く人を美しいと見ます。どんなにどろんこでも、汗みどろでも、働く姿は美しい。どろんこも、汗も、働く姿の美しさを引きたてます。これは、働くという行為が、活動そのものであり、役だつ使命をはたすことであり、汗もどろんこもまた、そのためにあるからです。
でも、働くことをやめて、食卓にむかったときの、汗みどろ、
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どろんこは、きたない、もう美しくは目にうつりません。このときの、どろんこや汗は、労働という中味をとってしまったあとの残りもの、バナナの皮みたいな存在になってしまったからでしょう。食事をするという行為に、どろんこは不要です。そこで、きれいにさっぱりと洗いおとさなければなりません。
ですから、同じものでも、そのものが、そのものとして役にたたない場所にあるときは、美しく目にうつりません。
髪の毛は、髪にあるから美しい。ぬけおちた髪の毛が、食物の中にでもはいっていたら、とてもゆううつです。
ショーウィンドーの商品がみな美しく見えるのは、「このとおり、役にたちますよ」と、マネキンに着せてみせたりして、たのしく、わかりやすく飾られてあるからでしょう。
わたくしたちのおしゃれや、動作、マナーなども、その場にふさわしく、役にたつかたちであるとき、美しく見えるのです。
急ぐときは、きびきびした動作が美しく、人にものをたずねるときは、その人に教わるという気持ちをあらわすのに必要な謙虚な動作、教えるときは相手によくわかるようにする動作が、気持ちよく美しくうつります。
ここでひとこと、気づいたことをいいそえますと、必要と実用とは少しちがいます。
たとえば道を教わるとき、わたくしたちは、「すみませんが」ということばをそえますが、実用という面からいうと、このことばはなくてもよいわけです。「東京駅はどっちですか?」といえば、用はたせます。でも、それではぶっきらぼうです。「すみませんが」といいそえることで、心のあたたかみが伝わります。「どうぞお茶をお飲みください」のときの「どうぞ」も同じで、こうしたやさしさがあって、ことばも、動作も美しくなります。
「必要」と「実用」とを、どうぞ、まちがえないでください。
わたくしたちが生きてゆく上では、実用的な衣・食・住のほかに、遊ぶことも、たのしむことも、安らぐことも必要です。そうした精神的に必要なものとして、やさしさや美がつくりだされています。
(高田敏子「詩の世界」)
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問題
te-03-4 問題1
問1 読解マラソン集9番「おかあさん。私」を読んで次の問題に答えましょう。
次の文を読んで、○だったら1を、×だったら2を選び、その数字を書きなさい。
■お父さんは、いつもと違っておこった顔で帰ってきた。
1 ○ 2 ×
解答1
te-03-4 問題2
問2 読解マラソン集9番「おかあさん。私」を読んで次の問題に答えましょう。
次の文を読んで、○だったら1を、×だったら2を選び、その数字を書きなさい。
■かの子が無理なお願いをしたので、お父さんの機嫌は悪くなった。
1 ○ 2 ×
解答2
te-03-4 問題3
問3 読解マラソン集10番「やわらかい毛皮と」を読んで次の問題に答えましょう。
次の文を読んで、○だったら1を、×だったら2を選び、その数字を書きなさい。
■コアラは、食べ物を選ぶことをしないので、ユーカリの葉ばかり食べる。
1 ○ 2 ×
解答3
te-03-4 問題4
問4 読解マラソン集10番「やわらかい毛皮と」を読んで次の問題に答えましょう。
次の文を読んで、○だったら1を、×だったら2を選び、その数字を書きなさい。
■コアラは移動する時にも、人間をおそれない。
1 ○ 2 ×
解答4
te-03-4 問題5
問5 読解マラソン集11番「人間が生きていくために」を読んで次の問題に答えましょう。
次の文を読んで、○だったら1を、×だったら2を選び、その数字を書きなさい。
■コミュニケーションをおこなうには、直接顔を合わせる必要がある。
1 ○ 2 ×
解答5
te-03-4 問題6
問6 読解マラソン集11番「人間が生きていくために」を読んで次の問題に答えましょう。
次の文を読んで、○だったら1を、×だったら2を選び、その数字を書きなさい。
■コミュニケーションをとれる相手がいなくても、おもちゃがあれば楽しく生きていける。
1 ○ 2 ×
解答6
te-03-4 問題7
問7 読解マラソン集12番「わたくしたちは、『美しい』」を読んで次の問題に答えましょう。
次の文を読んで、○だったら1を、×だったら2を選び、その数字を書きなさい。
■働く人の姿は、どろんこでも美しく見える。。
1 ○ 2 ×
解答7
te-03-4 問題8
問8 読解マラソン集12番「わたくしたちは、『美しい』」を読んで次の問題に答えましょう。
次の文を読んで、○だったら1を、×だったら2を選び、その数字を書きなさい。
■「すみませんが」や「どうぞ」とつけるのは、実用的だからである。
1 ○ 2 ×
解答8