a 読解マラソン集 9番 私がまだ小学校に行っていた時分に ru3
 私がまだ小学校に行っていた時分に、いちゃんという仲のいい友達があった。喜いちゃんは当時中町の叔父さんおじ  うちにいたので、そう道のりの近くない私のところからは、毎日会いに行くことができにくかった。私はおもに自分の方から出かけないで、喜いちゃんの来るのを宅で待っていた。喜いちゃんはいくら私が行かないでも、きっと向こうから来るにきまっていた。そうしてその来るところは、私の家の長屋を借りて、紙や筆を売る松さんのもとであった。 
 喜いちゃんには父母がいないようだったが、子供の私には、それがいっこう不思議とも思われなかった。おそらく訊いき てみたこともなかったろう。したがって喜いちゃんがなぜ松さんのところへ来るのか、その訳さえも知らずにいた。これはずっとあとで聞いた話であるが、この喜いちゃんのおっさんというのは、昔銀座の役人か何かをしていた時、贋金にせがねを造ったとかいう嫌疑けんぎを受けて、入牢にゅうろうしたまま死んでしまったのだという。それであとに取り残された細君が、喜いちゃんを先夫の家へ置いたなり、松さんのところへ再縁さいえんしたのだから、喜いちゃんがときどき生みの母に会いに来るのは当たり前の話であった。 
 なんにも知らない私は、この事情を聞いた時ですら、べつだん変な感じも起こさなかったくらいだから、喜いちゃんとふざけまわって遊ぶころに、かれ境遇きょうぐうなど考えたことはただの一度もなかった。
 喜いちゃんも私も漢字が好きだったので、わかりもしないくせに、よく文章の議論などをして面白がった。かれはどこから聴いき てくるのか、調べてくるのか、よく難しい漢籍かんせきの名前などを挙げて、私を驚かすおどろ  ことが多かった。 
 かれはある日私の部屋同様になっている玄関げんかん上がり込んあ  こ で、ふところから二冊つづきの書物を出して見せた。それは確かに写本であった。しかも漢文で綴っつづ てあったように思う。私は喜いちゃんから、その書物を受け取って、無意味にそこここを引っくり返して見ていた。実は何が何だか私にはさっぱりわからなかったのである。しかし喜いちゃんは、それを知ってるかなどと露骨ろこつなことを言うたちではなかった。 
「これは大田南畝なんぼの自筆なんだがね。ぼくの友だちがそれを売りたい
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というので君に見せに来たんだが、買ってやらないか」 
 私は大田南畝なんぽという人を知らなかった。 
「大田南畝なんぽっていったいなんだい」 
山人のことさ。有名な山人さ」 
 無学な私は山人という名前さえまだ知らなかった。しかし喜いちゃんにそういわれてみると、何だか貴重の書物らしい気がした。 
「いくらなら売るのかい」と訊いき てみた。 
「五十銭に売りたいというんだがね。どうだろう」 
 私は考えた。そうして何しろ値切ってみるのが上策だと思いついた。 
「二十五銭なら買ってもいい」 
「それじゃ二十五銭でも構わないから、買ってやりたまえ」 
 喜いちゃんはこういいつつ私から二十五銭受け取っておいて、またしきりにその本の効能を並べ立てた。私には無論その書物がわからないのだから、それほど嬉しくうれ  もなかったけれども、何しろ損はしないのだろうというだけの満足はあった。私はその夜「南畝なんぼ莠言ゆうげん」――たしかそんな名前だと記憶きおくしているが、それを机の上に載せの た。

(夏目漱石そうせき硝子がらす戸の中」)
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a 読解マラソン集 10番 あくる日になると ru3
 あくる日になると、喜いちゃんがまたぶらりとやって来た。 
「君昨日買ってもらった本のことだがね」 
 喜いちゃんはそれだけいって、私の顔を見ながらぐずぐずしている。私は机の上に載せの てあった書物に眼を注いだ。 
「あの本かい。あの本がどうかしたのかい」 
「実はあすこのおやじに知れたものだから、おやじがたいへん怒っおこ てね。どうか返してもらって来てくれってぼく頼むたの んだよ。ぼくも一ぺん君に渡しわた たもんだからいやだったけれども仕方がないからまた来たのさ」 
「本を取りにかい」 
「取りにってわけでもないけれども、もし君の方でさしつかえがないなら、返してやってくれないか。なにしろ二十五銭じゃ安すぎるっていうんだから」 
 この最後の一言で、私は今まで安く買い得たという満足の裏に、ぼんやり潜んひそ でいた不快、――不善の行為こういから起こる不快――をはっきり自覚しはじめた。そうして一方ではずるい私を怒るおこ とともに、一方では二十五銭で売った先方を怒っおこ た。どうしてこの二つの怒りいか を同時に和らげたものだろう。私は苦い顔をしてしばらく黙っだま ていた。 
 私のこの心理状態は、今の私が子供の時の自分を回顧かいこして解剖かいぼうするのだから、比較的ひかくてき明瞭めいりょう描き出さえが だ れるようなものの、その場合の私はほとんどわからなかった。私さえただ苦い顔をしたという結果だけしか自覚し得なかったのだから、相手の喜いちゃんには無論それ以上わかるはずがなかった。括弧かっこの中でいうべきことかもしれないが、年齢ねんれいを取った今日でも、私にはよくこんな現象が起こってくる。それでよくひとから誤解される。 
 喜いちゃんは私の顔を見て、「二十五銭では本当に安すぎるんだとさ」と言った。 
 私はいきなり机の上に載せの ておいた書物を取って、喜いちゃんの前に突き出しつ だ た。 
「じゃ返そう」 
「どうも失敬した。なにしろ安公やすこうの持ってるものでないんだから仕
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方がない。おやじの宅に昔からあったやつを、そっと売って小遣いこづか にしようっていうんだからね」 
 私はぷりぷりしてなんとも答えなかった。喜いちゃんはたもとから二十五銭出して私の前へ置きかけたが、私はそれに手を触れよふ  うともしなかった。 
「その金なら取らないよ」 
「なぜ」 
「なぜでも取らない」 
「そうか。しかしつまらないじゃないか、ただ本だけ返すのは。本を返すくらいなら二十五銭も取りたまいな」 
私はたまらなくなった。 
「本はぼくのものだよ。いったん買った以上はぼくのものにきまってるじゃないか」 
「そりゃそうに違いちが ない。違いちが ないが向こうの宅でも困ってるんだから」 
「だから返すと言ってるじゃないか。だけどぼくは金を取る訳がないんだ」 
「そんなわからないことを言わずに、まあ取っておきたまいな」 
ぼくはやるんだよ。ぼくの本だけども、欲しければやろうというんだよ。やるんだから本だけ持ってったらいいじゃないか」 
「そうかそんなら、そうしよう」 
 喜いちゃんは、とうとう本だけ持って帰った。そうして私は何の意味なしに二十五銭の小遣いこづか を取られてしまったのである。 

(夏目漱石そうせき硝子がらす戸の中」)
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a 読解マラソン集 11番 もうその頃、僕は ru3
 もうそのころぼくは尺八の美しさをよく知っていた。祖母の家に訪ねてくる尺八の名人がいて、その朗々とした響きひび は今もって忘れない。正座して尺八を構え、目を半眼に開く――これは子供心に抵抗ていこうを感じたが――そうして首を振りふ ながら、生まれるビブラートは、まず腹の底に響くひび といった豊かさがあった。
 だが一体、目を半眼に開くということはどういうことだろう。フルートは目を開いて吹くふ 。その目は楽譜がくふを見たり指揮者を見たりという具合で、目をつむって吹いふ たにしても例外的なことだろう。いわば前を見ながら後を見、信号や標識に目を配る運転手の目のように働いている。
 しかし尺八の奏者はまさに無念無想の構えである。そしてこの構えは、こと三絃さんげんと合奏するときにも破られようとは思えない。いずれも音に集中する態度に相違そういないが、フルートが全体の流れを追って集中していくのに対して、尺八は鳴っているその一つ一つの音への投入を前提とするようにみえる。たしかにフルートと同様、尺八も微妙びみょうな音の運動を行うが、フルートがつねに到達とうたつしようとする音度を指向して運動する性質をもっているのに対し、尺八の運動は、音に没入ぼつにゅうするその感極まったあげくの表情か、あるいは寺男が余韻よいんの消え去るころ合いを見計らって次のかねを打つ、その感情に似て、新しい音に没入ぼつにゅうするまえの戦慄せんりつを表すもののように響くひび のである。
 いうまでもなく、楽器はすべて響きひび の工夫を伴っともな ている。音はそれによって光彩こうさいを放ち、楽音として完成する。このことに尺八もフルートも異なるところはないが、しかしフルートは絶えず改良を施さほどこ れてきた。はじめは尺八と同様縦笛だったそうだが、響きひび の合理性から横笛に変わった。そして、指のおさえもただくり抜か  ぬ れただけの穴からキーにかわり、それがまた改良に改良を加えられて今日の楽器に至ったのである。
 けれども尺八には一体どういう改良が行われたのだろう。もちろん工夫はあったに相違そういあるまいが、しかしつくられた昔から今日ま
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でそのままの形で生きつづけてきたといった方が似つかわしい格好である。
 それにしても尺八は音のぜんということはどういうことだろう。あまりこだわってもなるまいが、何となく気にかかって過ごしているうちに、鈴木すずき大拙だいせつの本の中で次のような説話に出会った。
 真理がどんなものであれ、ぜんとは身をもって体験することであり、知的作用や体系的な学説に訴えうった ぬことである、と、大拙だいせつはつけ加えている。
 なるほど、日本の音楽は知的作用を隔絶かくぜつした世界である。ヨーロッパの音楽は、記法を確立するとともに、理論的体系を積み重ねながら調的な力を追求してきた。もっとも、そのあげく現代に至って遂につい 調破壊はかい激越げきえつな意識を生むに至るのだが、それはともかく、日本の音楽はそのようなドラマとは無縁むえんのことであった。すなわち、ヨーロッパの音楽は調的な力の把握はあくに知的作用のたすけを借りたが、日本の音楽は、調性をひたすら体験的なものとして感じ、伝承してきたのである。上述の説法を借りれば、ヨーロッパの音楽は、起こり得るあらゆる危険を分析ぶんせきして対策を講じてから行動する夜盗やとうに似、日本の音楽は説話そのままの夜盗やとうに似ているということになろう。
 いいかえれば、ヨーロッパの音楽は客観的、日本の音楽は主観的性格を持つということになる。もしベートーベンが音ではなく光を失っていたとしたら音楽は書けなかった。けれども古来日本の音楽家には盲人もうじんが少なくない。そういう日本ではもっぱら、耳づて、口づてで音楽が伝承されてきた。当然、耳やかんが働けば目をつむっていてもかまわぬわけで、いやむしろ、目をつむった方が耳やかんの集中にかえって具合がいいということになるだろう。尺八奏者の目もこの関係を物語っているが、これはまた、体験的な音の世界のありようを暗黙あんもくのうちに物語っている。

(小倉朗「日本の耳」)
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a 読解マラソン集 12番 われわれ普通の凡俗にとっては ru3
 われわれ普通ふつう凡俗ぼんぞくにとっては、情報の節食、ないしコントロールということはむずかしい。実際「遠くへ行きたい」と言うので、山に登ったりする若者たちも、テントの中で、必ずラジオを聞いている。もちろん、山の天気は変わりやすく、したがって、天気予報を聞くためにラジオは必需ひつじゅ品だ、と若者たちは抗弁こうべんする。しかし、かれらのテントに近づいて耳を傾けれかたむ  ば、かれらは例外なくディスク・ジョッキーなどを聞いているのである。いや、天気予報だって、昔の登山家は、自分の過去の経験によって見通しを立てた。今日の大衆登山は、その意味では情報登山とでも呼ばれるのがふさわしい。
 どうしても情報の洪水こうずいの中で生きるより仕方がないのであるとするならば、そこでわれわれには、いったい何ができるのであろうか。
 一つの可能性は「体験」の世界を大切に見直してみることである。人間は、みずからの経験の中に、他人の経験を取り入れることができる。われわれの「想像力」は、他人のどんな経験にも乗り移り、どこにでも自由に動いてゆくことができるのだ。われわれのシンボル的経験の世界は、いくらでも、広がってゆく。しかし、シンボル的経験が広がる、ということは、しばしば人間の現実と直接的なかかわりをおろそかにさせる。もちろん、「現実」というもの自体も、シンボル的であり、人間の精神機能を抜きぬ にして考えることはできない。しかし、たとえば、「花」という言葉を使って、花について考えたり語ったりすることよりも、われわれが「花」という言葉によって指し示している実在の植物を自分の手に取って、そのにおいをかいでみる、という行為こういのほうが、情報行動として、よりシンボル性が少なく、より実在の世界に近づいている、と言えるだろう。そうした、実在の世界との距離きょりをせばめることを、われわれはときどき試みる必要がありはしないか。(中略)
 われわれの情報活動のなかでは、しばしばイメージ、あるいは観念を尺度にして現実を評価する、という逆転した思考方法が定着してしまっている。「体験」という名の情報に、より大きな価値を与えるあた  習慣をつけなければ、この逆転を正常な姿に引き戻すひ もど ことはできない。たとえば、旅行案内に書かれていることと、自分がその現地で体験したこととの間に食い違いく ちが があるとすれば、その場合、まちがってるのは、明らかに情報のほうなのである。自分の体験が
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尺度になって、その尺度によって情報が評価されて、はじめて、人間と環境かんきょうとのかかわりは、正しい姿になるのだ。それを逆転させているかぎり、われわれの情報活動は根なし草のごときものであり続けるだろう。
 実際、こんなふうに情報圧力が激しくなってくると、われわれは情報のとりこになり、押し流さお なが れることになりかねない。自分の持っている意見が、新聞などに載っの ている社会の大多数の意見と食い違っく ちが ているときには、なんとなく不安になって、自分の意見を捨てたくなったりもする。周りがみんな、そうだ、そうだ、と叫んさけ でいるときに、ひとりだけ、ちがう、と発言することは、たいへんな勇気のいる作業なのである。
 それを押し返すお かえ ためには、それぞれの人間がなにがしかの「体験」を蓄積ちくせきすることこそが大事なのである。自分は、この目で確かに見た、この耳で確かに聞いた、と確信をもって言えることがらが、もっとたくさんあってよい。もちろん、体験というものは、かなり主観的なものであって、偏りかたよ もあるだろう。しかし、それぞれの人間の個性というのは、結局のところ、そうした偏りかたよ のことなのである。偏りかたよ 恐れおそ て、個性的で確かな人生など、構築しうるはずがないではないか。

加藤かとう秀俊ひでとし「情報行動」)
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