恭一はドアの外にたたずんで、去年、一人で新幹線に乗ったときのことを思い出していた。恭一にとって初めての経験だったが、じつはそのときも何度かトイレに通った。ジュースのせいでも水のせいでもなかった。
トイレから出てきた久子は、生真面目な表情で肩をすぼめていた。兄に苦情を言われないようにと気づかっているようすだった。
「手を洗えよな」
恭一は妹の細い肩を押すようにして、洗面コーナーへみちびいた。それから、
「おまえ、さっき泣いたろ」
と、いきなり言った。
ホームまで送ってきた母が、窓の外で笑いながら手をふったときのことだ。窓ガラスに顔を押しつけるようにして、妹は肩をふるわせていた。それを、ふいに思い出したのだ。
「おまえ、手をふって泣いたんだろ」
久子は手を洗いながら、かたくなに黙りこくっていた。鏡に映っている顔が、また泣いているように見えた。
しまった、と恭一は思った。なんでこんなに、いじわるしちゃうのかな。
「おい、ハンカチあるのか」
急いでポケットを探った。しかし、すでに久子は自分のハンカチを出していた。
去年、一人で伯母さんの家へ行ったとき、東京に着くまでに、恭一は何度も涙ぐんだ。ホームでの母との別れが悲しかった。このまま一生会えなくなるのではないか。そんなことを思うたびに、下唇がゆがんできたものだ。
きっと久子も、あのときの自分と同じ気持ちになっているのだろう、と恭一は思った。
座席に戻ってからは、優しく話しかけた。
「おい、眠ってもいいぞ。東京が近くなったら起こしてやるから」
「ううん、眠たくないもん」
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