a 読解マラソン集 9番 「ジョンこそ、誰が hu3
「ジョンこそ、だれが好きなんだよ。ずるいぞぼくばっかり」
 ぼくはときめきにつつまれながら、負けずにジョンにそう指摘してきした。父親のお古のアイビールックに身をまとったジョンが今度は赤くなる。
「そうだ、ジョンはだれが好きなんだ」
 ロバーツが煽るあお 
「ひゅー、ひゅー」
 サムは鼻水を垂らした  ながら目だけ細めて今度はジョンを冷やかした。
 ジョンは星空を見上げていた。だれかのことをこっそりと思っているかのような恥じらっは   た表情をしながら。
「そういう、ロバーツはどうなんだよ。君はだれが好きなんだ」
 ジョンがそう応戦すると、今度はロバーツの顔が赤くなるのだった。
「ひゅーひゅー」
 サムは相変わらずマフラーに顔を埋めう て、欠けた歯の間から空気を吐きだしは   ている。そのたびにひゅー、ひゅーは大きくなるのだ。
 ぼくはサムのほうへ振り返っふ かえ て、指摘してきするのだった。
「サム、(たぬき先生風にいえば、サーンムという感じだ)サムこそだれが好きなんだよ」
 するとサムは顔を赤らめることもなく、いってのけたのである。
ぼく? ぼくはキャサリンさ。決まってるでしょう」
 僕らぼく はいっせいに大声をあげた。えーっ。その声が余りに大きくてお店の人が見に来たくらいだったのだ。
「サムはキャサリンが好きなのか?」
 ジョンが確認かくにんするようにそういう。
「ああ、ぼくはキャサリンが好きだよ」
 サムは気後れすることもなくそうはっきりというのだった。
「キャサリンだぞ、お前はあのキャサリンのことを好きだっていうんだな」
 ロバーツの声は心なしか上擦うわずっていた。
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「キャサリンはキャサリンさ。親父おやじのようにキャバレーに行くわけじゃないから他にキャサリンなんて女は知らないよ」
 サムはきっぱりというのだった。
何時いつからだ」
 ぼくは身体を震わせふる  てそう抗議こうぎするのだった。
「前からだよ。もう忘れわす てしまったけどずっと前からだ」
 僕たちぼく  はそれから一言も喋るしゃべ ことができなかった。みなキャサリンが好きだったのだ。しかしあのころは北海道の星空のように全てが純粋じゅんすいで、僕たちぼく  はそれに従うしたが しかなかったのである。
 つまり、あのころはまだ僕たちぼく  幼くおさな 恋人こいびとはいったもの勝ちだったのである。最初に好きだと公言してしまったものが恋人こいびとになりえた時代であった。(それでは早くいえばいいじゃないかぐずぐずしないで、と思われるかも知れないが、そこがうぶな青春の蹉跌さてつなのだ)
 そしてそれから暫くしばら の間、僕たちぼく  四人の間でだけ、サムはキャサリンの恋人こいびとになってしまったのである。勿論もちろん向こうはサムのことをどう思っていたかはわからないけれど。
 ぼく失恋しつれん噛みしめか   ながら、その後もたぬき先生の授業に出つづけた。そしてキャサリンのきりりとした横顔を切なく見つめるのであった。

つじ仁成ひとなり「キャサリンの横顔」)
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a 読解マラソン集 10番 当時、私たち兄弟は hu3
 当時、わたしたち兄弟は家の二階の八じょう間二つをそれぞれ勉強部屋と寝室しんしつにしていつも二人並んなら 暮らしく  ていたが、つくえのある部屋の天井てんじょうにはいつしか弟の作った模型もけい飛行機がびっしりつるされていた。模型もけいといっても物の乏しかっとぼ   たあのころ子供こどもの遊びやそのための玩具おもちゃはすべて自前だった。
 弟の作る模型もけい飛行機はどれも完全にかれ創意そういで設計され、かろうじて手に入ったひごとか細い木材をさらに自分でけずって曲げながら作っていた。模型もけい作りはその頃  ころのはやりだったが、弟の作品は子供こどもながら見事なもので子供こどもたちが手製の作品を持ち寄って競う中ではいつも出色しゅっしょくだった。わたしはその種の手のかかる作業が苦手で、作品を完成したことがない。
 そのせいの嫉妬しっとではないが、多少のいまいましさもあったろうか、ある時弟の成績がひどく下がって父がかれをしかった折、かれよりは一応父を満足させられる成績を収めおさ ていたわたしが父に、弟の成績低下の最大の原因はあの模型もけい作りで、あれをやめさせぬ限りかれの成績はおぼつくまいといいつけた。
 父もうなずいて弟に模型もけい作りを禁じ、いきなりではなかったが、それでも趣味しゅみをやめぬ弟へのみせしめにやがて、天井てんじょうから外して乱暴らんぼうに束ねた紙張りの飛行機を庭で火をつけて焼いてしまったことがある。そのころ何ものにも替えか 難いがた 手作りの模型もけいたちは、あっけないほど簡単かんたんに燃え上がってはいになった。
 その横で弟は、そんな親のせっかんを自分のとがとして納得なっとくしなくてはと思いながらも諦めあきら きれずに、目に一杯いっぱいなみだをため、懸命けんめいくちびるをかみしめながら立ちつくしていた。
 父にとっては他愛のない子供こども玩具おもちゃだったろうが、弟が渾身こんしんそれに打ち込んう こ できたのを間近で眺めなが ていたわたしにはなんともつらい光景だった。そして、それが実はさかしげなわたし讒言ざんげんでもたらされたことを弟以上にわたしは心得ていた。父にとっては親として当然の仕
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置きだったかも知れないが、わたしにとってはたかだか学校の成績のために、弟への一番つらいせっかんを父にとりもった自分がにわかにおぞましく許せぬものに感じられそのだんになって恥ずかしくは    なったが、黙っだま たままでいた。
 わたしがすぐに放りだしてしまうような粗末そまつな素材を、いとおしむように神経こめながらロウソクの火にかざし、少しずつ少しずつ曲げて整え、満足そうに一人でうなずきながらまた次の作業に目を細めていた弟の姿すがたが今でも目に浮かんう  でくる。
 弟の作った模型もけい飛行機について、もう一つ鮮烈せんれつ記憶きおくがある。
 父の懲罰ちょうばつからしばらくして、またまた独自の設計で弟は風変りなかなり大型の飛行機を作った。戦争前に長距離ちょうきょり飛行の世界記録を作って有名だった理研の試作機に似て、どう長でつばさが長く幅広いはばひろ 不思議なプロポーションの飛行機だった。
 家の前の道路での試験飛行では、細長い胴体どうたいにたわわに張ったゴムひもを半ばも巻かま ぬのに、新作機の飛び具合は絶好だった。弟は満足そうで、突然とつぜん、集まった仲間に向かってその飛行機を家の前の高いおか頂上ちょうじょうから風に乗せて飛ばすといい出した。
 思ってもむねときめく試みだったが、せっかく作った飛行機がどこへ飛んでいってしまうかわからず、尽くしつ  た努力があっけなく消えてしまいかねない。わたしはしたり顔で説いて止めたが弟はとりあわずに仲間を従えしたが おかへ上っていった。
 おかの上には下で見るよりも格好の風が吹いふ てい、弟は長い胴体どうたいにかけたゴムひもをゆっくりと一杯いっぱい巻き上げま あ てかざすと、風に乗せるように少し上向きに角度をつけて放った。飛行機は身震いみぶる するようにして舞い上がりま あ  、そのまま見事に風に乗って我々われわれのいるいただきよりも高い高度を真っ直ぐ町に向かって飛んでいった。
 それは予期したよりはるかに素晴らしい見ものだった。ゴム仕掛けしか の動力の威力いりょくは知れたものだったが、バランスのとれた大きな機体はかなりの風にもめげずうまくそれに乗って悠々ゆうゆうと安定した
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読解マラソン集 10番 当時、私たち兄弟は のつづき

滑空かっくうをどこまでも続けていった。ただの模型もけい飛行機が飛んでいくとはとても思えぬ、日頃ひごろ見る、近くに多いとびたちの滑空かっくうと同じように見事な、完全な飛翔ひしょうだった。
 すでにプロペラは止まっているが、一向に機首を下げぬ模型もけい飛行機は奇跡きせきのようになお飛び続けていった。仲間もわたしもただうっとりと息を凝らしこ  ながら見入っていた。そして、やがて飛行機がゆるやかに下降かこうしだし、眼下に続く大きな松林の彼方かなた町並みまちな に消えていった時、みんなは一斉いっせい喚声かんせいを上げながらその飛行機を取り戻すと もど ためにおか駆けか 降りお ていった。
 しかし、なぜか弟だけはみんなの後を追わず、わたし促しうなが ても、あれはもういいのだというようにただ首を振っふ て笑っていた。それはいかにも、あの模型もけいとは思えぬ素晴らしい、生命をさえ感じさせる傑作けっさくを一人で作りだした男の自負と自信に満ちた表情だった。そして、かれだけが、自分の手になったあの飛行機の底力をだれよりも知っているが故にも、あの飛行機がもうだれの手も及ばおよ ぬはるか彼方かなたまで飛び去ったことをさとっているようにみえた。
 わたしは初めて目にする、圧倒的あっとうてき存在そんざい感のある誰かだれ 大人を眺めるなが  ようにそんな弟の様子をうかがっていた。子供こどものくせにかれ一人が泰然たいぜんとして浮かべう  ている笑顔の意味がわたしにはどうにも解せぬものだった。強いて想えば、それは、子供こどもたちの中にあって一人かれだけが、ぜいたくな悦楽えつらくのために高価な代償だいしょう甘んじあま  て受け入れることが出来る、ひどく大人びて孤高ここう雰囲気ふんいきだった。

(石原慎太郎しんたろう「弟」)
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a 読解マラソン集 11番 君は、何でも食べるように hu3
「君は、何でも食べるようになったな」
 デザートのシャーベットを食べながら、ふと思い出したように、Jが言った。かれは、自分の前にあった皿だけでなく、息子たちの食べ残しの分まで、ことごとくたいらげていた。
「あら、昔は、好き嫌いす きら があったの?」
 驚いおどろ たように、妻が言う。Jは、いたずらっぽい目でかれの方を盗み見ぬす みたあと、笑いをかみころすようにして説明する。
好き嫌いす きら というよりも、こいつはまったく何も食べなかったんだ。高校時代、昼メシを絶対食べなかった」
「朝もだ」
かれ補足ほそくした。
「あら、どうしてなの?」
食欲しょくよくというものを、軽蔑けいべつしていたんだ。ぼくは自分を、何かしら特別の存在そんざいだと思っていた。その特別の存在そんざいが、ふつうの人間とおんなじようにメシをくうなんて、とても耐えた られなかった」
「でも、ばんごはんは食べてたんでしょ」
「一日じゅう、何も食べないでいるってわけにもいかないからね。悲しいことだけれど、ぼくもやっぱり、一個の生きものだから……」
 横あいから、Jが口をはさんだ。
「その一日一回きりの食事ってのが、すごいんだよ。かれの家で、一度夕食をごちそうになったことがあってね。とにかく、こいつがメシをくってるのを見るのは、あれが初めてだった」
「まあ、どんなふうだったの?」
「おかしいんだよね。テーブルの上に、トマトケチャップの大ビンを置いてね、何でもかでも、ベトベトの真ッッカにして食べるんだ」
「何でもかでもって――」
「つまり、あらゆるものだよ。肉でも、魚でも、野菜でも、メシでも。これは現場を見たわけじゃないけど、お母さんの話では、カレーライスを食べる時でも、皿が真ッ赤になるまでケチャップを――」
「うわッ、気持ちわるい」
 かれの妻は、つわりになったように、口を手でおさえて、むせかえ
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った。それから、息もたえだえ、といった様子で、尋ねたず た。
「あなたって、そんなふうだったの。でも、あたしと一緒いっしょになった時は、ふつうに何でも食べたじゃないの」
「そうだよ――」
 だしぬけにかれは、奇妙きみょうに冷ややかな眼射まなざしで、妻の顔を見すえた。
「お前と一緒いっしょになった時、ぼくは、トマトケチャップの大ビンと、訣別けつべつしたんだ。そして、同時にぼくは、トマトケチャップの大ビンに象徴しょうちょうされる何ものかに対して、別れを告げたんだ」
「なーによ、何よ」
 と妻は、からむような口調で、大声をはりあげた。
「何のことだか、わけがわからないわ。大げさなこと、言わないでよ。いったいトマトケチャップに、どんな意味があるっていうの」
<中 略>
「それは、こういうことなんだ」
 妻にではなく、まるで自分自身に話しかけるような調子で、かれはゆっくりと語りはじめた。
子供こどもころぼくは現実というものを嫌悪けんおしていた。現実は、ぼくをうけいれてはくれないし、だから、ぼくの方も、現実にまつわる一切のものを拒絶きょぜつしてやろうと、身構えていた。食べるものにしてもそうなんだよ。いろんな材料がありいろんな料理があり、いろんな味つけがある。それは大人たちの約束事じゃないか、とぼく覆っおお た。そんなものは、無視むしすればいい。そこでぼくは、材料の風味や、味つけが吹きふ とんでしまうように、あらゆるものにトマトケチャップをかけて、口の中に流しこんだ。ほんとうは、ぼく宇宙うちゅう飛行士が口にするような、チューブに入った食べもので生きていたかった。料理だとか、調味だとか、そんなくだらないものに自分の感覚をひきまわされたくなかった。つまりぼくは、数字や記号で置きかえることができるような、抽象ちゅうしょう的な存在そんざいでありたいと願っていた。それがぼくの夢だったし、その夢が破れた時、ぼくの青春は、終わったんだ。むろんこれは、一つの思いこみが消えて、新たな思いこみが始まっただ
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読解マラソン集 11番 君は、何でも食べるように のつづき

けなのかもしれない。でも、それでもいい。とにかくぼくはいま、こうして、みんなとテーブルを囲み、いろんな食べ物を味わった。そうだ、人と人とが、心の底からお互い たが を理解し、永遠に愛しあうなんてことは、現実にはありえないかもしれない。けれども、同じ料理を口にして、その味や風味や舌ざわりを、ともにかみしめることはできる。それは愛などといったイメージからはかけはなれたものかもしれないけど、でも、これはこれで、とても大切なことだとぼくは思う。自分以外の他人たちと、何かを一緒いっしょに食べるなんて、以前のぼくなら、それ自体が不快のタネだったんだが……。つまり、そういうことなんだ。いまぼくは、トマトケチャップなしで、さまざまな料理を、みんなとともに味わうことができる。かつては嫌悪けんおし、拒んこば でいた現実をおだやかにうけいれることができるんだ」
「おだやかに――?」
 不意に、異議いぎをはさむように、Jが遮っさえぎ た。しかしかれは、いちだんと強い口調で、同じ言葉をくりかえした。
「そう、おだやかにね」
 そう言ってかれは、テーブルを囲んでいる、妻と、二人の息子と、Jの一家三人を、撫でるな  ようなすばやさで、ぐるりと見回した。

(三田誠広まさひろ『トマトケチャップの青春』)
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a 読解マラソン集 12番 いもがあたえられると、 hu3
 いもがあたえられると、サルたちは、目の色をかえてとびつき、いもをつかむと、いそいで海にもっていきます。いもについたすなをあらって食べるためです。いもを両手にもち、あとあしで立って走るサルもいます。そのために、ほかの場所にすむサルは、めったに二本あしでは歩かないのに、この島のサルたちは、立って歩くことが、とてもうまくなりました。
 年よりたちは、海水にいもをつけ、手でごしごしこすって、すなをとります。ところが、母ザルたちは、海水のなかで、かるくゆするだけです。それで、じゅうぶんすながとれます。しかも、母ザルは、ひとくちかじるたびに、いもを海水につけています。「どうしてだろう。」キョンは、ふしぎでした。でも、海水になかに落ちているかけらを食べてみて、わけがわかりました。おかあさんは、いもに塩味をつけていたのです。
 「ペペッ」キョンは、口のなかのものを、あわててはきだしました。砂浜すなはまにまかれたむぎを食べると、すながいっしょにはいってきて、すごくまずいのです。
「ばかね、こうするんだよ。」とでもいうように、おかあさんは、むぎをすなといっしょにかきあつめ、それを手でつかんで海へもっていき、水のなかになげいれました。むぎについていたすながすっかりとれ、むぎは、水中で、金のつぶのように光っています。おかあさんは、それをひろって食べました。
「ふうん、いいやりかただな。」と思って、キョンはまわりを見ました。と、みんな、そうしているのです。「へええ、頭がいいんだな、みんな。」キョンは、すっかり感心してしまいました。
「あれ、どうしたんだろう。」キョンは、サンゴを見て、ふしぎに思いました。サンゴは、この群れでいちばん強いメスです。それが、むぎあらいをせず、すわったまま、きょろきょろとまわりを見まわしているのです。
 ノギクがすなを手でかき、むぎを集めはじめました。サンゴは、それをじいっと見ています。ノギクがむぎを集めて手にもち、海になげいれると、サンゴは、すかさず走っていって、ノギクのせなかをつきとばしました。ノギクは「キャッ」と悲鳴をあげてとびのきます。そのすきに、サンゴは、水中になげられたむぎを、よこどりしてしまったのです。ノギクは、しばらくくやしそうに見ていましたが、強いサンゴにさからう勇気はありません。すごすごと、また、むぎを集めました。
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 サンゴは、よこどりが専門せんもんです。「悪いやつだなあ。」と、キョンは、あきれはててしまいました。(中略)
 幸島こうじまは、海にかこまれているのに、むかしは、だれも海にはいるものはいませんでした。ある日、海に落ちたピーナツをひろうのに、子ザルが海にはいってから、みんなが海にはいるようになったのです。でも、カミナリをはじめ、年をとったサルたちは、けっして水のなかへはいろうとしません。考えかたが古いので、新しくはじまった行動をとりいれることができないのです。新しい発見や発明をするのは、ほとんど、古い習慣にとらわれない子どもたちです。子どもは、文化のつくり手です。
 しおがひくと、群れは、いっせいに海岸へ行き、貝を食べます。ウノアシやヨメガカサのように、岩にぴったりはりついているものは、歯ではがしとります。まき貝のクボガイもだいすきです。キョンも、クボガイをひろって食べました。おいしくて、ほっぺが落ちそうです。
 むかしは、貝を食べるものは、だれもいませんでした。それが、十数年まえに、はじめて、食べるものがあらわれたのです。だれがさいしょだったかは、わかっていません。でも、これも、きっと好奇こうき心の強い、子どものサルだったのでしょう。貝を食べる行動は、しだいに群れのサルにつたわっていき、いまでは、ほとんどみんなが食べるようになりました。新しい食習慣が、群れにできたのです。
 つまり、貝食いという食物文化が、新しく生まれたのです。
 その後、キョンがおとなになってから、島の漁師がすてた魚を食べるものが出てきました。なかには、つり人がつった魚を食べるものが出てきました。なかには、つり人がつった魚をねだるものもあらわれはじめ、つり人をこまらせています。いずれ、魚食いも、この群れの食物文化になることでしょう。世界じゅうのサルのなかで、生魚を食べる習慣をもった群れは、ほかにありませんから、この行動は、とてもめずらしがられることでしょう。
 それにしても、幸島のサルたちは、いもあらい、むぎあらい、貝食い、魚食いと、つぎつぎと新しい文化を生みだしてきました。新しい行動を身につけたり、問題を解決していくちえをもっているのには、びっくりします。そして、「文化をもっているのは、人間だけではないんだなあ。」と、考えさせられます。
(河合雅雄まさお「ニホンザル」)
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