総合 99 点(上位1%以内)

字数 1218 字 【文体】
 ○文の流れが自然です。
 ○文章の中心がよくしぼられています。
【語彙バランス】
 説明に比べて、素材がやや多い文章です。(-点)
思考力 64 点
知識力 65 点
表現力 68 点
規定の字数(1200字)よりも短い文章は低めに評価されます。小論文として採点しているため語彙間のバランスも評価に入れています。

 【本文】
科学技術の早い発達と大きな能力は、人間の社会に対してほとんど常に、二つの可能性を与える。すなわち巨大な恩恵と巨大な破壊である。発達があまりに早いために、いわゆる「技術革新」、新しい科学技術は、第一に、自然環境の体系の全体にそれが及ぼす影響のわからぬうちに、出現する。また第二に、社会がそれをいかなる目的に使用するか適当な決定をくだす用意のないうちに、利用できるものとなる。その結果、新しい手段は、偶然にではなく原則として、人間に対しはかりしれない利益とともに途方もない損害を与える。
 遺伝子操作は人間のつくり替えに道を開く。現に遺伝病治療への展開は、人間の部分的つくり替えと考えることができる。つくり替えることのできる部分は、どこまで拡大されるか。それが脳にまで及べば、人間がみずからつくり出した技術によって、環境(人間以外の生物)を操作するばかりでなく、それ自身=操作の主体そのものを、操作し得ることになろう。20世紀は羊の「クローン」まで行った。次の世紀はアインシュタインの「クローン」を目指すのかもしれない。
 しかしだれが、どういう目的で、どう人間をつくり替えようとするのか、だれにもわからない。その危険は前例のないものである。したがって対策も前例を破って画期的なものにならざるをえない。すでに人間の遺伝子操作の研究を制限しようとする動きが出始めているのはそのためである。科学技術の進展は社会がそれを適当に統御しなければ、人間の尊敬と幸福への致命的打撃が予想されるところまできたのである。
 人間の脳の主要な機能のなかには、知覚、記憶、計算がある。知覚については、人間の能力よりもはるかに鋭敏な「センサー」をつくることができる。記憶と計算については、「コンピュータ」が人間の記憶力とは比べものにならぬ大量の「データ」を蓄え、きわめて短い間に複雑な計算を行うことができる。これこそは20世紀の技術革新の最も根本的なものであるかもしれない。
 「コンピュータ」によって、人間が機械を使うのではなく、機械が人間に入れ替わる可能性が開かれた。現に「ベルト・コンベヤー」の流れ作業で始まった世紀は、ロボットが工場から労働者を追い出す状況をつくり出した。いまでは脳性理学者(の少なくとも一部)が脳を一種の「コンピュータ」と見なす仮説――それにもさまざまの種類があるが)――を議論している。
 科学技術は両刃の件である。そこからどういう怪物が現われるかを知らずにアラジンのランプをこすってきた。怪物は人類を救うかもしれないし、破滅させてしまうかもしれない。そのことをしだいに強く意識するようになったのも、今世紀のことである。技術の「進歩」が人間の幸福を約束するという神話の破壊は、19世紀から20世紀を分ける。しかし科学技術の加速的発展を統御する方法を、20世紀は発見しなかった。それは今世紀が次の世紀へ先送りした課題である。