総合 42 点(上位1%以内)

字数 5622 字 【文体】
 ○文の流れが自然です。
 ▲読点がやや多いです。(-1点)
 ○文章の中心がよくしぼられています。
 百字を超える文1ヶ所(-1点)
 ▲110字  銀座に着いた頃、寺島の足は何かに引きつけられる様に動き始め、改札を出て外界へ足を踏み出した途端、辺り一面から聞こえてくるジャズの音響と地面に叩きつける様な自動車のクラクションが寺島の耳元で程良いハーモニーを奏でていた。
【語彙バランス】
 説明に比べて、素材がやや多い文章です。(-13点)
 概念的な言葉よりも、描写的な言葉がやや多い文章です。(-13点)
思考力 45 点
知識力 76 点
表現力 93 点
規定の字数(1200字)よりも短い文章は低めに評価されます。小論文として採点しているため語彙間のバランスも評価に入れています。

 【本文】
堕落

髪の毛一筋も生えていない赤ん坊の頃から微かな両親、家庭の愛情も注がれずに育った人間はその後の生き様をどの様に歩むのだろうか。

文明から疎外され、人口一万にも満たない部落に寺島という少年がいた。
寺島は産まれて春秋にも満たない内に家庭を失ってしまった。寺島の父は東京から百里程離れた臨海に位する村落の漁師であり、晩陽明けには隣町の賭博場へ稼いだ金を注ぎ込む自堕落な生活を営んでいた。だが、寺島の命を授けた事後、賭博で膨らんだ借金の影響で生計が破綻し、新しい妻子と家庭を持って遥か彼方の山々へ消えてしまった。その後の成り行きについては既に他界していると言われている。
当然父親の蒸発に大きく衝撃を受けた母は自身の身体一つで寺島を養わせる金銭的、精神的な余力は無かった。そのため苦闘した挙句、彼を産んだ事後に養護施設へ預け、新たな畢生を探る為、姿を眩ました。

十八年もの月日が経過した。
寺島は施設で共通した生い立ちを持つ茂原と巡り合い、今では竹馬の友となっている。だが、彼らの生活は正常からかけ離れた狂気そのものだった。
朝日が昇り、日が沈むまでは仲間達と抗争や窃盗などの不良行為を行い、隣町の警察が介入する事も度々あった。そして薄暮になるとあの手この手で酒を手に入れ、小遣いで賭博をしながら夜半まで泥酔した。
だが、そんな寺島の生活は次第に退屈になり、同朋である茂原と施設からの脱走を試みるまでに至ってしまった。
寺島は、幼い頃から東京の人間、文化を施設の数少ない雑誌から情報を得ていた。その為、寺島は町から東京へ移住する事が彼の野望であり、運命にでもある様に思えてしまった。
だが、寺島は東京で暮らすという野望に執着し過ぎたせいか、自分の生まれ故郷に対する反感を懐いてしまう。
             二
東京は俺の心中を具現化した様な物なのだ。
早朝から夜半まで途切れる事なく人の姿は無くならず、情熱と熱気に満ち溢れている。その情熱と熱気を構成させている物は東京という街全体である。夜半までは会社や学校が人々の情熱を、それ以後は煌びやかなネオンが人々の熱気を保ち続けている。俺の心も同様だ。布団に入る事以外には心が情熱と熱気に溢れ、活力が漲っている。つまり、俺は東京へ移り住む事が自分の運命なのだ。その為にも早いうちから、この無気力な町を抜け出さなければならない。

[東京までどう行くんだ、俺達の金は全て賭博で消え、今では一銭も無いんだ]
眉毛を八の字にした茂原が言う。
[金庫から金をくすねるんだ。そうすればあらゆる場所へ行き来出来る]
自慢げに寺島が答える。案の定、寺島は脱走計画を立て、現在に至るまで人目につかない様職員室の隅にある金庫の前に居座り、正確な番号が一致するまでダイヤルを回していた。幸い金庫の番号の桁数を寺島が尋ねると職員がつい口に溢してしまったため、金庫が開くのは時間の問題だった。
[金庫には幾らあったんだ]
[数万程。頂戴したのは切符に使う数千円だけだ]
[馬鹿だな。宿泊費や食費などの金の問題はどうなんだ。運良く東京で職が見つかったとしても衣食住に不自由なく暮らせる様になるまでは数ヶ月程かかるんだ]
案外、寺島はこの様に直上口径で浅慮な性格だった。
だが、金の問題は寺島が金庫の番号を既に知っていた為、残りの数万を容易に盗む事が出来た。
(俺は人の所有物を盗むという行為を決して好んではいないが、自分の野望を成し遂げるためには非合法でもやるほかないのだ)

冬の斜陽も遥か彼方の地平線に沈み、空が闇色へ揚々と染まり始めた頃、東京へ向かう駅のホームは白濁の吐息と荒れ狂う風に覆われていた。そして、空漠たる雪に満たされた水田と一本の大川が線路の周回を拒んでいる。寺島達は手に数十枚の札束、衣類を入れたトランク、一枚の片道切符を持ち、川を隔てて来る汽車の到来を待っていた。
[追手がこちらへ来るか心配だな]
不意に茂原が弱音を吐く。
[来るもんか、あいつらは今頃布団に埋もれているに違いない]
しばらくして線路の行先を見つめると蒸気の音と微かな汽車の影が鮮明になってくる。汽車が段々と近づくにつれて彼らが東京へ行ける[期待]と[情熱]が益々膨らんできた。
(やっとこの町から解放される、むさ苦しい仲間とはもうお別れだ)
だが、汽車の入り口が寺島の前に現れた直後、我に帰ったかの様な何気とない恐れが寺島の胸に込み上げてきた。
(もし俺が東京に行ってしまったらこの町に永遠に戻れないかもしれない)
寺島の故郷に対する思いと東京に対する思いが錯綜し、彼は入り口の前で立ちすくんだ。
(だが、現時点、故郷に戻る事は出来ない。俺は金を盗み、脱走したのだから)
一方、茂原は東京で暮らすという決心が既についており、平然な顔ぶれでいた。というのも茂原は自分の生所を知らない為、彼の心には故郷という概念が皆無であった。
その様な状況下で寺島は今更引き返せない事を再認識する。
そして寺島は故郷に対する思いを虫ケラ同然の様に押し潰す覚悟で捨て、片道切符を強く握り、入り口へ足を踏み入れたのである。
寺島達が席へ腰掛けると、汽笛の音と共に汽車は新天地へ向かう。
(もうここへ戻る事はあるまい…さらば故郷よ)
車窓をじっと眺める寺島の目には歓喜と不安の入り混じった微かな涙が輝いていた。
しばらく汽車は山脈との狭間に引かれた線路を気が遠くなるまで走り続けた。
(どこまで進んでも景色は白濁の雲の中に埋もれる満月と淡緑である。一体俺達は何処へ向かっているというのだね、天国か?それとも地獄か?)
汽車が東京の風を扇ぎ始めた頃、車窓から見える外界の景色は悠々と聳え立つネオン色に輝いたビルへ移りゆく。俺は少しの[戸惑い]と[美しさ]の二重の感情に襲われた。
(これが東京という国か…)
茂原も俺と同様に景色の移りゆく変化に魅了されている。
[お前は自由人でいいよな、何処へ行っても微かな寂しさすら感じないのだから]
茂原は俺の話を聞いている様で聞いていない様な曖昧な表情でただ我武者羅にネオン色の看板とビルを見つめるのであった。そして車窓に釘付けになる茂原の背後には俺と相反する[期待]の感情が滲み出していた。俺は不安になり、心中の底にある目障りな故郷を何度も取り払おうと尽力するが、一向にこびり付いたままである。
そして輝くネオンの閃光を被る様に浴びた汽車はやがて新天地へ行き着いた。
(まだ引き返すことは出来るんだ)
俺の心中が東京への思いから故郷へと完全に変貌する前兆に差し掛かかった。
だが、煌びやかなネオンへ一気に視線を移すと故郷への思いが何故か奥深くに遠のいて行く。
(なんて美しいのだろうか。)
豊かな色相を放つ奇麗な光は俺の心中を駆け巡り、東京への誘惑へ連れ込む。
トランクと片道切符を手に持ち、汽車から出る用意を済ませた俺は汽車の出口が開くまで、天から召される老人の様に待った。
(東京よ、俺を天国へ導いてくれ)
汽車の扉が開いた途端、異世界の空気が身体に染み込み、寺島の心が熱気に溢れ出す。そして寺島は東京という世界に僅かに頽落したのである。
ホームから出た寺島達はギラギラと光る密集したネオンへ導かれて東京から銀座行きの切符を一枚買い、改札からホームへまた足を進める。寺島達を横切る人々は雑誌で何度も目に入る洒落た外套、パナマ帽を身に纏い、威風堂々宛らな様子であった。
(俺たちの様な流れ者とは訳が違うな)
銀座へ向かう電車のホームで寺島は異世界からまた別の異世界へ身を移す事に少しの抵抗を感じていた。だが、寺島達の前方に電車の扉が現れると、何故か無意識に身が中へ入った。
銀座に着いた頃、寺島の足は何かに引きつけられる様に動き始め、改札を出て外界へ足を踏み出した途端、辺り一面から聞こえてくるジャズの音響と地面に叩きつける様な自動車のクラクションが寺島の耳元で程良いハーモニーを奏でていた。
この描写に魅了された寺島は熱気が渦巻く東京の世界へまた再び頽落するのである。
[東京の夜はやけに賑やかだな。向こうと違って]
寺島の発言に曖昧な表情で茂原は頷いた。
             三
施設から脱走し、現在に至るまで米一合すら口にしていない寺島達の腹が限界まで達していた。そして彼らはネオンの世界から疎外された裏路地にある洒落なレストランへ真っ先に駆け込んだ。店内へ入ると、テンポよく流れるトランペットとドラムの音が響き、人々はこの店の常連の様な素振りでスパゲッティやカレーライスなどのご馳走を頬張る。
席へ腰掛けた寺島達は黒のスーツと紅色のリボンを見に纏った、ここの店員らしい男から食事の一覧が書かれている紙を貰った。食事の一覧表には目新しい文字の羅列が多く書かれており、東京と故郷が遠い海の隔たりにある様にまで思えた。紙を一通り見渡すとヒレカツ、鶏肉カレー、ソテーミート、オムライスなど今まで食べた事もない様な絶品が数多く並んでいる。
俺にとって洋食を食う事は誕生祝いよりも滅多にないご馳走だ。
[ご注文は如何なさいますか]
水とお冷を持ってきた黒服の店員は俺達に注文を尋ねて来た。
[オムライスとソテーミートをお願い]
選んでいる時間も待てず、咄嗟の衝動で目に留まったオムライスとソテーミートを注文した。
彼も俺に続いて同じ料理を黒服に頼んだ。
[承りました]
黒服は俺達の様な客を何年も見てきたかの様な素振りで答え、そして厨房の方へ立ち去った。
[洋食など何年ぶりかな]
俺は満面の笑みで茂原に言った。
彼は、不満な形相を隠しながら顔に僅かな笑窪を浮かべている。
しばらくすると、光沢を描く金属製のプレートの上に宮殿の御馳走とも思える様な風格で、料理が俺達のテーブルの上に置かれた。
プレートの光沢と宝玉の様な香りが程良く調和し、俺の食欲を膨らませる。俺は今にでも早くこのご馳走を口いっぱいに頬張り、東京を肉体の内側から感じたい。
そして慣れない手つきでナイフとフォークを手に取り、ソテーミートを口に運んだ。次にスプーンを手に持ち替え、オムライスを口に運んだ。どれも文明が発展した結晶とも言える様な新種な味わいが全身に広がる。
だが、都会の食べ物に浸っているのも束の間、彼が不満げな形相で俺に言うのだった。
[ところで、仕事の目処はついたのか?]
その一言で今まで食べていたソテーミートやオムライスの味が息を吹き込んだタンポポの様に消え去ってしまった。
[明日探すよ]
言い返す言葉も見つからず、無責任極まりない発言が咄嗟に漏れてしまった。
[明日探すとはなんだ、俺達には一生遊び呆けて暮らせる様な金はないんだ。食費を毎日節約しても、長くて一ヶ月しか持たない。第一俺を東京へ誘っといて今更手立てすら立ててないなんて]
彼の声には怒りと呆れに満ちた感情が滲み出てていた。
その時だった。
店内まで響き渡る悲鳴と歓声が無秩序に俺の耳へ入ってくる。
[あの声の場所は何処なんだい?]
[おそらく外の路地だ]
東京にもこんな混沌とした一面があるなんて。不吉な疑惑がした俺の身体は無意識に動き、席から離脱すると彼も続いて立ち上がった。店の外へ行き、声のする方向へ向かう。店から五十歩程離れた所に一群の人々が輪になり、何やら歓声を上げている。興味本位で俺もその輪の中へ加わる。
すると、辺り一面に酒気が漂い、猛獣達が互いに牙を剥き出し、それを人間達が高みの見物の様に観察していた。服装が乱れた男達は理性を失い、ひたすら目前にある標的に突き当たる。
疑惑は的中し、俺の身体は憤りに満ちた。
(なんなんだこの不快感は。何故人々は他人の乱闘を好むんだ)
[おい何をしてる、騒ぎを止めろ]
俺が輪へ罵声を発しても歓声と悲鳴が路地一面に響くのみであった。
仕方なく俺達はその五人の抗争の渦へ入る。幸い、俺達は彼らより背丈が高く、殴り合いも慣れていたので淡々と沈める事が出来た。
その後、荒れ狂う渦もそれを包囲する輪も一遍に解け出した。
騒ぎが鎮まり、一息ついたのも束の間、再び視界に喰い込む程の中で荒れ狂う渦とそれを包囲する人々の輪が生まれ、歓声や悲鳴が鳴る。
[東京の夜はやけに物騒だな]
彼の心は東京に対する期待から不安へと染まる前兆に差し掛かかった。
[戻ろう]
吐息をついた俺は逃け出す様に暗闇から店へ入る。
席へ腰掛けた俺達は再びナイフとフォークを手に取り、食べ掛けのソテーミートとオムライスを口へ運ぶ。
(東京の飯はうまい)
時の経過も感じられないまま目前にある飯を動物の様に貪り尽くした。
そしてトランクに詰められた札束の一部を取り出し、黒服の方へ向かった。
[勘定してくれ]
[承りました]
黒服は俺達を会計場へ案内する。
[千円でございます]
(普段食う飯の価額の十倍にもなる。このままここで長居する事は厳しいだろう。明日から職を探さなければ。)
俺は一枚の千円札を黒服に渡した。
(この飯を後何回食う事が出来るのだろうか)
微かな不安と恐怖が俺の心を駆け巡る。
            四
ネオンの消灯と共に人々の渦は消え失せていた。
辺りには一升瓶の破片や酒気が多く散乱し、乱闘の痕跡が数多く見られる。
[宿を探そうか。野宿をするのは御免だ]
俺は異彩を放つ東京の世界に慣熟する為の力を過度に注いだでしまったせいか、ヤケに睡魔が膨らんだ。
[では一体何処で寝るんだい?]
茂原は俺の計画性の無さを強く指してきた。彼は返答するた度に俺を現実の洞穴の中へ強引に連れ戻してしまう。
[石ころを蹴っとばしてたらすぐ見つかるさ]
茂原は唖然とした額を俺に見せつけ、行く宛も定まらないまま歩き始めた。