ベニバナ2 の山 3 月 2 週 (5)
★(感)伝統について   池新  
伝統について

 【1】君は伝統ということばをきかされたことがあるだろう。とくにスポーツの部員になっている人は、
「わが○×中学の野球部の伝統をけがしてはいけない」
 などと先輩からいわれただろう。
 【2】以前から代々うけついできた生活の様式とか、芸術の手法とか、ものの考え方とかを伝統というのだが、先輩がハッパをかけるときにいう伝統は、まえの人がやってきた、名誉になることを意味していた。
 【3】いいことばかりを、その気になってうけついできたものが、目のまえにあるような感じで、先輩はハッパをかける。
 私も中学のとき、テニス部の部員として先輩から、また野球の応援団として応援団長から、伝統ということばを、そういう意味でなんどもきかされた。
 【4】だが年をとって、家のなかにひっこんで、つきあいらしいつきあいもなしに暮らしていると、伝統ということばの感じがちがってきた。
 【5】伝統をなにかいいもの、その気になってうけつがないといけないもののようにいうのは特別な集団に他人をしばりつけようとする有力者の手だてなのだ。
 野球部の先輩は、自分がコーチをしている野球部から選手がにげださないように、伝統をもちだしてくるのだ。
 【6】うっかりさそわれてスポーツの部員になったが、やってみると、からだはつかれる、好きな本はよめない、いつも監視される、これではたまらない、もっと自由に生きたいと思う人だってある。【7】そういう人が、自分が野球部にはいっていることにはたして意味があるだろうかと疑うことは、わるいことではない。
 【8】それにたいして伝統をもちだす先輩は、野球部の伝統は、いいもの、名誉あるもので、自分個人をかんがえることは、わるいもの、不名誉なものという調子でたたみかける。
 先輩が伝統をふりまわすのは、彼のほうが有力者だからだ。
 集団にはたいてい有力者がいて、そういうことをする。∵
 【9】集団からはなれて、自由に暮らしていると有力者にであわない。もう伝統をまもれとは、いわれない。そうなると伝統は、いいものばかりでないことがわかってくる。すすんでまもるべきものどころか、いやでもしばられる、へんなものだっておおい。【0】

『人生ってなんだろ』(松田道雄)より