ベニバナ2 の山 2 月 2 週 (5)
★(感)内村鑑三のこと   池新  
内村鑑三のこと

 【1】君は内村鑑三という人を知っているかい。
「少年よ、大志をいだけ」
 といったクラーク先生の開拓精神を校風とする札幌農学校(今の北大の前身)の第二回卒業生だ。【2】のちアメリカにわたって、キリスト教を勉強し、日本にかえり、どの教会にもぞくしないキリスト教をひろめた。学者でもあり、文学者でもあった。
 【3】アメリカでは、精薄(はく)施設の看護人もしたくらいで、生活は楽でなかった。
 あるとき、いよいよ金にこまって、以前に、こまったときは来なさいといってくれた米人のことを思いだし、雪の降る夜、ぬかるみに足をとられながら、たずねていった。
 【4】その家のまえまできて、その人のいる書斎の窓の灯をみつめて、彼はかんがえた。
 待てよ、もし、ここで金をめぐんでもらったら、日本へかえってキリスト教をひろめるとき、
「あの福音には金のにおいがするぞ」
 といわれるだろう。
 【5】信仰を生活のたよりにしてはならない。そう思った彼は、むしろ飢えをがまんしたほうがいいと、きびすをめぐらして、雪の道をひきかえした。
 彼の選択は正しかった。【6】日本にかえってから、彼の人間としての清潔さが、おおくの人の信用をえて、たくさんの信者が彼のまわりにあつまった。
 日露戦争のとき、内村鑑三は平和主義の立場から非戦論をとなえて、戦争に反対した。【7】反戦牧師だったわけだ。そのころ、国民のほとんどが軍国主義者だったから、戦争に反対するのは、たいへんなことだった。けれども彼は平和主義をまもりとおした。
 【8】自分の信念をまもろうとしたら、かんたんに人から援助をうけてはいけない。
 人間が人間を信じるのは、そのいっていることが本心からでているときだけだ。∵
 【9】どんなに、りっぱなことをいっても、どんなにえらそうな口をきいても、それが本人の心の底からの声でなく、他人から金をもらったり、いい役につけてもらったりしているからだったら、信用してもらえない。世間から提灯持ちだとか、「男めかけ」だとか、いわれるだろう。
 人間は、自主独立ということが、いちばん大切だ。【0】

『人生ってなんだろ』(松田道雄)より