長文集  2月1週  ★(感)お正月  yube2-02-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
お正月

 【1】元日はおかしな日だ。きのうまでい
そがしく動きまわっていたおとなたちが、映
写機の故障でフィルムがとまったように、お
ちついて笑顔をみせている。
 【2】お正月なんか、ちっともおめでたく
ないや、おとなが勝手にきめて、酒をのむ口
実をつくってるだけじゃないか、と思ってい
る人もあると思う。
 お正月に、そういう感じをもつ人は、昔か
らいた。一休和尚という坊さんがそうだった
。【3】室町時代のおわりちかく、京都の大
徳寺の住職をしていた。この人は正月に、
 正月は冥途の旅の一里塚
 めでたくもありめでたくもなし
 という歌をつくって、おめでたい、おめで
たいといっている人をからかった。
 【4】人間は年をとって死ぬのが当然だか
ら、正月は死に一歩ちかづく里程標だという
わけだ。
 人間の世界は何ごとにも、喜ぶべきことと
、悲しむべきことが、両方ふくまれている。
 【5】どうせ死ねばだれでも無になってし
まうのだ。それだからこそ、めでたいほうに
賭けるべきではないか。正月は、そういう賭
けの季節だ。
 自分は才能があるのかも知れぬ、ないのか
も知れぬ。それだったら正月は、才能のある
ほうに賭けるときだ。
 【6】去年、仲たがいした友人があるとし
よう。人間は一〇〇パーセント意地悪という
ことはない。意地悪をしたとしても、その人
間のなかにある善良なものが、ゼロになった
ということではなかろう。そうなら、仲たが
いした相手のなかの善良なものに賭けるべき
だ。
 【7】去年は、何かで親と争って、親をば
かにしている人があるとしよう。いちど、ぐ
あいがわるくなると、親子のあいだは、非常
にばつのわるいものだ。わるうございました
などとあやまるのは、最高にてれくさい。【
8】だが、正月は、親も子も、去年のことを
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
忘れるほうに賭けていいときなのだ。
 正月は人間のつくりあげたフィクションで
あることは、まちがいない。∵
 【9】だが、そのフィクションによって、
いいこともするが、わるいこともする人間、
つよいときもあるが、よわくもなる人間が、
世界中一ぺんに軌道修正をするというのだっ
たら、正月というフィクションも、人間の知
恵といっていいではないか。【0】

『人生ってなんだろ』(松田道雄)より