1.【1】「
智に働けば角が立つ。情に
樟させば流される。意地を通せば
窮屈だ。
兎角に人の世は住みにくい」これは夏目
漱石の作品『
草枕』の
冒頭の一部であるが、人の世のありさまが見事に説明されている。【2】知に
頼って論理を
押し通そうとすれば確かに角が立つし、感情のおもむくままに動けば目的地にはなかなか
到達しない。どこまでも自分の考えを通そうとすれば、気づまりな
雰囲気になる。世の中は簡単にはいかないものだというのが実感である。
2. 【3】
漱石は、その後で、「人の世を作ったものは神でもなければ
鬼でもない。矢張り向う
三軒両
隣りにちらちらする
唯の人である。
唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、
越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。【4】人でなしの国は人の世よりも
猶住みにくかろう」と言っている。やはり人の世で住んでいく以外に
選択の余地はないのだ。
3. 【5】向こう三
軒両
隣りにいる人たちは、考え方や行動様式もさまざまである。好感の持てる人もいれば、できるだけ顔を合わせたり話をしたりしたくない人もいる。【6】
嫌な人がいるからといって別の場所に
越して行っても、やはり気に
触る人の何人かは必ずいる。どこへ行っても大同小異だ。
4. 【7】自分が全く
抵抗を感じない人たちだけに囲まれて生きていこうと考えても不可能なことは、物心がつく
年頃から分かっているはずである。自分が勝手に生きていきたいからといって、全く人と付き合わないで一人で暮らしていくほどの勇気や強さもない。【8】そうであれば不平を言ってみても始まらない。この世は住みにくいと考えて否定的に生きていくか、人生は山あり谷ありの変化に富んだ面白いものだと考えていくかによって、局面は大きく変わってくる。
5. 【9】同じ人生を生きるのであれば、悲しく生きるより楽しく生きた方がよいに決まっている。人の世に興味を持ち積極的に取り組んでいけば必ず道は開ける。積極的といっても、がむしゃらに人を
押しのけて
突き進むことではない。【0】すべてを
肯定的に考える努力をするという意味だ。
肯定的に考える姿勢から
余裕が生まれ、人の∵ことも考えられるようになる。
6. 大所高所から見れば、人間は
お互いに力を合わせて助け合っていく以外に平和に生きていく道はない点は
誰の目にも明らかである。この簡単な道理を常に忘れないで、毎日の生活の場やビジネスの場にフレキシブルな態度で臨む必要がある。竹のように強くしなやかでありたい。
7. 人間同士で上手に生きていくコツは、角が立たないように
智に働き、流されないように情に
樟さし、
窮屈にならないように意地を通していくバランス感覚にある。
8.(
山崎武也「一流の人間学」より)