長文集  8月1週  ★私たちのごく日常的な経験として(感)  yabi2-08-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】私たちのごく日常的な経験として、
小さい子どもといっしょにいると、子どもの
言うことばが非常に詩的に聞こえるという経
験をおそらくだれしもが多かれ少なかれした
ことがあるのではないでしょうか。【2】た
とえば、子どもがサイダーを初めて飲んで、
その時の印象を、「水がのどにかみついたよ
。」と表現している──私たちが聞くと、何
かとても詩的な感じでおもしろい。【3】あ
るいは、庭に落ちている木の葉が風に吹かれ
て舞っているとき、「木の葉が踊っているよ
。」とか、風が吹いてきて本のぺージがパラ
パラとめくれるのを見て、「風が本を読んで
いるよ。」というような言い方をする。
 【4】子どものことばが詩のことばに似て
くることがあるということ──これはいった
いどうしたわけなのでしょうか。おそらく、
伝統的な説明の仕方ですと、子どもというの
は純真ですから、そういう純真な気持ちがた
くまずして出てくる、それがそのまま詩にな
るのである――そういう形で説明するのでは
ないかと思います。【5】これはもちろん、
まちがった説明ではありません。しかし、こ
こでは、その問題を少し違った方向から──
つまりことばの面から考えてみたいのです。
 【6】大人の場合ですと日常的な生活に関
する限りは、経験の範囲と、ことばでもって
表せる範囲がだいたい一致していると考えて
よいでしょう。ところが子どもの場合は、そ
の経験の範囲を表せるだけのことばの力がま
だ十分発達していない。【7】その一方では
子どもにとっては毎日が新しい経験の連続で
す。自分がすでに身につけていることばだけ
ではとても新しい経験を十分に表現すること
ができない。そうしますと、どうしてもこと
ばの枠を破るということが起こるでしょう。
【8】子どものことばは常に何かきまった範
囲内だけにとどまっているのではなくて、そ
の枠を破って広がっていくという傾向を示す
わけです。∵
 【9】これはちょうど詩人の場合と同じこ
とになるのではないでしょうか。私たちが、
日常的な経験を日常的なことばで表現してい
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るのに対して「詩人」と呼ばれるような人た
ちは、日常的な経験を超える経験をもつでし
ょう。【0】そして、それを表そうとする 
と、もはや日常のことばの使い方では不十分
なはずです。そこで、どうしても、日常のこ
とばの枠を超えるということが必要になって
くるでしょう。このように考えますと、、詩
人の場合と子どもの場合はある意味で非常に
よく似た状況にあるということになります。
 実用的なことならば日常のことばで足りる
わけですから、実用を超えたことば遣いをす
るということは、ある意味で「遊び」である
ということになります。しかし、「遊び」と
いうのは考えてみますと、私たちにとっては
非常に必要なものでもあります。「遊び」を
通じて私たちは日常生活の惰性を抜け出して
、そこに活性をもたらそうとします。日本で
は古くから、「遊び」ということばは、しば
しば芸術や美といった創造的なものと結びつ
いてきました。たとえば、管弦を奏でるのも
一つの「遊び」でした。そういった意味で、
日常の中に埋没していない子どものことばは
、創造面が非常に強く出てくる場であると考
えることができるのです。

(池上嘉彦「ふしぎなことば ことばのふし
ぎ」による。)