1. 【1】アサガオの研究家のこんな話を読みました。
2. アサガオは夜明けに
咲きます。私たちは、アサガオは、朝の光を受けて
咲くのだと考えています。
3. 【2】しかし、事実はそうでありません。アサガオのつぼみに二十四時間、光を当てておきます。そうして朝の光に当てる。しかし
咲かなかった。
4. では、どうしてアサガオは朝
咲くのでしょうか。
5. 【3】アサガオには朝の光に当たる前、夜の冷気と
闇にさらされている時間があります。これが不可欠なのだそうです。
6. この話は実に感動的で、
示唆に富んでいます。【4】私たちは、朝の光を受けて
鮮やかに花開くアサガオに目を
奪われがちで、アサガオには朝の光と温度が必要なのだと考えてしまいます。
7. 【5】アサガオが、夜の冷たさと深い
暗闇に包まれる時間があって、はじめて
咲くことができるのだ、ということに気づかないし、忘れています。
8. このことは一人ひとりの人生にも、歴史にも、なぞらえることができます。
9. 【6】今、自分がここにいます。私たちを取り囲む
環境があり、
状況があり、それらを
押しくるむ空気があります。それらが今という時代を形作っています。
10. 【7】しかし、手で
触れ、目で見ることができるここだけを考えていても、何もわからないでしょう。それは朝の光を受けているアサガオだけを見るようなものです。
11. 【8】その前に冷たく暗い夜があってアサガオは朝の光の中で
咲いているのだ、ということがわかりません。そして、アサガオを
咲かせるために常に光を当て、温度を
与えるような過ちを犯してしまうことになります。
12. 【9】私が忘れ去られたもの、
埋もれたもの、見失われたものに関心を向けるのは、このこととつながってきます。今の自分を自分たらしめているものがそこにあると思うからです。それに気づいたと∵き、私たちの生き方もより確かなものになっていくのではないでしょうか。【0】
13.(出典 五木
寛之・福永光司「
混沌からの出発」)