長文集  12月2週  ★文化とはその国の(感)  wapu2-12-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】文化とはその国の人々の行動の規範
の統合であり、人々に共有され、伝承されて
いる有形無形の民族的財産である。その文化
が、さまざまな外的環境の影響を受けて変化
していくことを「文化の変容」とよんでいる

 【2】文化の変容に大きな影響を及ぼすの
は情報であり、かつてその担い手は新聞・書
籍などによる活字メディアという知の力であ
った。
 活字を媒介とした知のメディアは、文化の
交流や互いの文化を理解する上で、大きな力
となる。【3】そのため他国の文化の影響を
受け、自国の文化が変容していく、いわゆる
文化の受容のもっとも大きな要因もやはり活
字メディアの力なのである。【4】情報が活
字化され、一旦印刷物となるや、そこに盛ら
れた知識の伝達力は他のメディアのどれにも
増して強力であり、正確な記録と知識のデー
タベースとして蓄積されていく。
 【5】つまり、過去の知識べースを土台に
、修正されたりさらに新しい知識が加わった
りしながら積層構造をもった知のデータベー
スがつくりあげられ、その国の知力となり、
文化をつくりあげる、いわば知的環境のイン
フラとなる。
 【6】もちろん、文化の受容や変容は知識
ベースに限らず、食や嗜好品、流行などの面
でも行われる。イギリス人のティー・セレモ
ニーやティー・パーティーの習慣は、一七世
紀中国から陶磁器と合わせてもたらされた茶
の文化によるものである。【7】日本人が喫
煙する習慣は、一六世紀ポルトガル人が九州
に渡来し、日本中に広まった。そのタバコも
、西インド諸島の先住民やネイティブ・アメ
リカンからヨーロッパに伝えられ、世界中に
喫煙の文化が広まったものである。
 【8】また文明開化の明治期、鹿鳴館(ろ
くめいかん)で開かれた上流階級の舞踏会の
女性の夜会服は、バッスル・スタイルとよば
れる、腰部に枕状の詰め物を入れて尻を膨ら
ませた裾の長いスカートで、当時ヨーロッパ
で流行していたビクトリア朝風のファッショ
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ンであった。【9】これ∵はまさしく、欧米
化を急ぐ明治政府の政策的な直輸入型文化の
受容であったといえよう。
 人々の日常の中でもっとも比重の高い生活
文化は宗教であろう。【0】キリスト教文化
圏やイスラム教文化圏といわれるように、宗
教観がもたらす日常生活に根ざした戒律・タ
ブーや生活習慣は、極めて堅固であるがゆえ
に、より広範な地域で文化が保持される。し
かしそれすらも、長い時間をかけ、その地域
の民族性や社会的事情に合わせて徐々に変容
していく。日本の文化はその好例であろう。
 多くの神や仏を受け入れ、冠婚葬祭では敬
虔な仏教や神道の信者に、クリスマスには、
にわかクリスチャンに変化する現代日本人の
気質の中にも、それは明らかである(もっと
も結婚式のスタイルはウェディングドレスと
着物の和洋折衷であり、和魂洋才(わこんよ
うさい)の成果ともいえるのか)。これらの
文化の受容と変容は、為政者の政策的な意図
が働く場合はともかく、長い時間を要して行
われるのが一般的な現象であった。
 だが、手書きメディアの時代から活字メデ
ィアの時代に移行して以降、格段に文化の交
流は早まった。そのスピードはラジオやテレ
ビジョンの電気メディアの時代となると、等
比級数的に早まり、さらに現代のIT時代の
デジタル・メディアの時代では、国を超えた
情報の即時通信や検索が可能となった。さら
に個人の誰もが、国家のような巨大組織とも
対等にインタラクティブな情報交換をするこ
とが、いつでもできるようになったのである

 つまり情報のグローバル化によって、地球
全体が、インターネットというひとつのサイ
バー・スペースの情報ネットワークで結ば 
れ、均質化された情報が蔓延することになる
。このことは、いままでそれぞれの国や地域
の長い歴史の中で醸成されてきた伝統的な独
自の文化が個性を失い、均質化された無国籍
風の様式になる危険性も、同時に併せもつこ
とになる。
 地球上どこの国へ出かけていっても、コカ
・コーラやハンバーガーがあり、同じような
Tシャツとジーンズをはいた風体の若者がケ
∵ータイを手に街を闊歩する様は、もう現実
のものとなっている。何とも淋しい光景では
ないか。
 このような社会状況では、互いの情報環境
さえ整えば、異文化間の交流がそのときの互
いの精神的受容の許容度に応じて容易に行わ
れることは明らかだ。
 つまり、現代のIT化時代は、社会的な情
報環境というインフラストラクチャからみる
と、ほぼ完璧に文化の受容と変容に関する条
件が整いつつある。しかしながら、優れた文
化の継承と保護という観点から考えると、必
ずしも手ばなしで歓迎できる事態ではないこ
とは確かだ。また、他国の情報が即座に入手
できるようになった が、知識として受容で
きても、文化のレベルでは拒否反応を起こす
という例はいくらでもある。

(三井秀樹「メディアと芸術」より)