1. 【1】少子という言葉が出てくるのは、一九九二年の『平成四年版国民生活白書』(
経済企画庁編)であり、「少子社会の
到来、その
影響と対応」というタイトルがつけられている。以降、
高齢化と対になる形で、「子ども数や出生率の
継続的な減少
傾向」という意味で、少子化という言葉が使われるようになった。【2】なお、本書でも、少子化を「生まれてくる子ども数が
継続的に減少する事態」という意味で使うことにする。
2. 十五年経った現在の時点でこの白書を読み返してみると、現在言われている少子化の問題点の多くがすでに記述されていることに
驚きを禁じ得ない。【3】当時はバブル経済の末期であり、日本社会の将来見通しに関しては、まだ楽観的なものが多かった。その中で、このまま少子化が進行すれば、経済成長の
鈍化から現役世代の負担の増大まで、様々な社会問題が将来起こるであろうことを、きちんと
指摘しているのだ。
3. 【4】その上、女性労働力の活用や子どもをもつ女性が働きやすい
環境を整えるなど、現在言われている少子化対策の多くがそこに記されている。
4. (中略)
5. 現実には、事態はむしろ悪化していったのである。【5】バブル経済ははじけ、平成
不況に加えて、経済のグローバル化、IT化が進展した。一九九〇年代後半には、
雇用の規制
緩和が進み、
金融危機が起こり、そのしわよせが、
団塊ジュニア以下の若年層、つまり、
結婚、出産
年齢層に
押しつけられた。【6】経済の構造変動そのものは、政府の直接的責任ではないにしろ、大量のフリーターや
派遣社員など非正規
雇用が増え、正社員も収入が上がらず、結果的に若者の経済
状況が悪化するのを放置した。
6. 【7】子どもをもつ女性が働きやすい
環境が整う前に、若者がまともな収入を
稼いで生活できる仕事自体が失われてしまったのだ。
7. (中略)
8. 私は本書の中で、日本社会の少子化の主因を、(1)「若年男性の収入の不安定化」と(2)「パラサイト・シングル現象」の合わ∵せ技(専門用語だと
交互作用ということになる)だと結論づける。【8】パラサイト・シングルとは、「学卒後も親に基本的生活を
依存する独身者」のことである。そして、現在、
韓国、
台湾など東アジア諸国で急速に進む少子化もこの主因で説明できると考えている。
9. 【9】もちろん、いくつかの条件が付く。その中には、「男女共同参画がなかなか進まない(女性の社会進出が不十分)」というものも
含まれる。また、副次的な要因として「男女交際が自由化された」ことがある。
10. 【0】しかし、あくまで、主因は、(1)と(2)、それも、二つが
揃ってはじめて起こるものである。なぜなら、それぞれ単独で作用しても、少子化は起こらないと考えられるからである。
11.A 若年男性の収入が不安定化しても、パラサイト・シングル現象がなければ、少子化は起こらない。
12.B パラサイト・シングル現象はあっても、若年男性の経済見通しがよければ、少子化は起こらない。
13. そして、副次的要因とした「男女交際の自由化」も、それが、少子化と結びつくためには、(1)と(2)の要因で作られた
状況が必要なのである。
14. (中略)
15. 豊かな親の元で育ち、「
結婚生活や子育てに期待する生活水準」が
上昇する一方、低成長経済への
転換により、若年男性の収入の大きな
伸びが期待できなくなる。その結果、
晩婚化、そして、
未婚化が開始される。一九七五年から始まる少子化のロジックは、実に明確である。データを見ると、この時期から、交際を始めてから
結婚するまでの期間の延びが始まる。
結婚相手が決まっていたとしても、新しい生活を始めるのに必要な「資金」が貯まるまで、一方が、もしくは両方が親と同居して待つという
選択がとられ始めたと
解釈できる。
16. しかし、単に、知り合ってから
結婚までの期間が延びただけではない。若年男性の収入見通しに格差がつきはじめ、
結婚難に直面する層が現れたのである。大卒で大
企業勤務の若年男性なら、年功序列カーブが多少
緩んだにしろ、終身
雇用で、安定した収入が得られ∵る見通しが高いだろう。しかし、先程述べた業績が
伸びない中小
企業の労働者や
零細農家や自営業の
跡継ぎの男性は、収入の
伸びが期待できない。その結果、
結婚相手として選ばれにくく、
結婚が
遅れ、また、
未婚状態に留まるものが出てくる。
17. (中略)
18.
結婚には、好きな人とコミュニケーションをするという要素と、共同生活をするという要素が
含まれている。そして、
一緒に生活するには、お金がかかる。つまり、
結婚とは、好きな人とコミュニケーションを深めるということでもあるし、お金を
稼いで生活費に
充て、家事分担を行うという経済問題が発生することでもある。
19. (中略)
20. だから、男女交際が活発化すると、「経済的要因」が前面に出てくる。
21. (中略)
22.
恋愛に関する意識が変化して、「好きでも
結婚する必要がない」
状況が出現したのだ。好きでも
結婚する必要がないので、「結果的に」、
結婚は経済問題となる。
23.(山田
昌弘『少子社会日本―もうひとつの格差のゆくえ』による)