長文集  11月4週  ○少子という言葉が(感)  wapu2-11-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/08/23 18:53:27
 【1】少子という言葉が出てくるのは、一
九九二年の『平成四年版国民生活白書』(経
済企画庁編)であり、「少子社会の到来、そ
の影響と対応」というタイトルがつけられて
いる。以降、高齢化と対になる形で、「子ど
も数や出生率の継続的な減少傾向」という意
味で、少子化という言葉が使われるようにな
った。【2】なお、本書でも、少子化を「生
まれてくる子ども数が継続的に減少する事 
態」という意味で使うことにする。
 十五年経った現在の時点でこの白書を読み
返してみると、現在言われている少子化の問
題点の多くがすでに記述されていることに驚
きを禁じ得ない。【3】当時はバブル経済の
末期であり、日本社会の将来見通しに関して
は、まだ楽観的なものが多かった。その中 
で、このまま少子化が進行すれば、経済成長
の鈍化から現役世代の負担の増大まで、様々
な社会問題が将来起こるであろうことを、き
ちんと指摘しているのだ。
 【4】その上、女性労働力の活用や子ども
をもつ女性が働きやすい環境を整えるなど、
現在言われている少子化対策の多くがそこに
記されている。
 (中略)
 現実には、事態はむしろ悪化していったの
である。【5】バブル経済ははじけ、平成不
況に加えて、経済のグローバル化、IT化が
進展した。一九九〇年代後半には、雇用の規
制緩和が進み、金融危機が起こり、そのしわ
よせが、団塊ジュニア以下の若年層、つま 
り、結婚、出産年齢層に押しつけられた。【
6】経済の構造変動そのものは、政府の直接
的責任ではないにしろ、大量のフリーターや
派遣社員など非正規雇用が増え、正社員も収
入が上がらず、結果的に若者の経済状況が悪
化するのを放置した。
 【7】子どもをもつ女性が働きやすい環境
が整う前に、若者がまともな収入を稼いで生
活できる仕事自体が失われてしまったのだ。
 (中略)
 私は本書の中で、日本社会の少子化の主因
を、(1)「若年男性の収入の不安定化」と
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
(2)「パラサイト・シングル現象」の合わ
∵せ技(専門用語だと交互作用ということに
なる)だと結論づけ る。【8】パラサイト
・シングルとは、「学卒後も親に基本的生活
を依存する独身者」のことである。そして、
現在、韓国、台湾など東アジア諸国で急速に
進む少子化もこの主因で説明できると考えて
いる。
 【9】もちろん、いくつかの条件が付く。
その中には、「男女共同参画がなかなか進ま
ない(女性の社会進出が不十分)」というも
のも含まれる。また、副次的な要因として「
男女交際が自由化された」ことがある。
 【0】しかし、あくまで、主因は、(1)
と(2)、それも、二つが揃ってはじめて起
こるものである。なぜなら、それぞれ単独で
作用しても、少子化は起こらないと考えられ
るからである。
A 若年男性の収入が不安定化しても、パラ
サイト・シングル現象がなければ、少子化は
起こらない。
B パラサイト・シングル現象はあっても、
若年男性の経済見通しがよければ、少子化は
起こらない。
 そして、副次的要因とした「男女交際の自
由化」も、それが、少子化と結びつくために
は、(1)と(2)の要因で作られた状況が
必要なのである。
 (中略)
 豊かな親の元で育ち、「結婚生活や子育て
に期待する生活水準」が上昇する一方、低成
長経済への転換により、若年男性の収入の大
きな伸びが期待できなくなる。その結果、晩
婚化、そして、未婚化が開始される。一九七
五年から始まる少子化のロジックは、実に明
確である。データを見ると、この時期から、
交際を始めてから結婚するまでの期間の延び
が始まる。結婚相手が決まっていたとして 
も、新しい生活を始めるのに必要な「資金」
が貯まるまで、一方 が、もしくは両方が親
と同居して待つという選択がとられ始めたと
解釈できる。
 しかし、単に、知り合ってから結婚までの
期間が延びただけではない。若年男性の収入
見通しに格差がつきはじめ、結婚難に直面す
る層が現れたのである。大卒で大企業勤務の
若年男性なら、年功序列カーブが多少緩んだ
にしろ、終身雇用で、安定した収入が得られ
∵る見通しが高いだろう。しかし、先程述べ
た業績が伸びない中小企業の労働者や零細農
家や自営業の跡継ぎの男性は、収入の伸びが
期待できない。その結果、結婚相手として選
ばれにくく、結婚が遅れ、また、未婚状態に
留まるものが出てくる。
 (中略)
 結婚には、好きな人とコミュニケーション
をするという要素と、共同生活をするという
要素が含まれている。そして、一緒に生活す
るには、お金がかかる。つまり、結婚とは、
好きな人とコミュニケーションを深めるとい
うことでもあるし、お金を稼いで生活費に充
て、家事分担を行うという経済問題が発生す
ることでもある。
 (中略)
 だから、男女交際が活発化すると、「経済
的要因」が前面に出てくる。
 (中略)
 恋愛に関する意識が変化して、「好きでも
結婚する必要がない」状況が出現したのだ。
好きでも結婚する必要がないので、「結果的
に」、結婚は経済問題となる。

(山田昌弘『少子社会日本―もうひとつの格
差のゆくえ』による)