長文集  11月3週  ★私の住む島はずれの村々では(感)  wapu2-11-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】私の住む島はずれの村々では、十人
家族のうち二人に職があればいいほうだ。仕
事のない多くの若者たちは、海辺で日がな一
日サーフィンをして過ごしている。
 日本もまたポリネシアのように、家族の誰
にでも、村の誰にで も、役割があった社会
だった。【2】これが、誰もが社会に欠かせ
ぬ一員であるという、強い共同体意識と通じ
ている。日本人にとって、社会の構成員はす
べて家族の一員である。
 日本は、資本主義のもたらした「ビジネス
」に対しても、共同体意識で臨んできた。【
3】そもそもビジネスとは、他者との間に成
り立つべきものだ。それを共同体意識の内で
行おうとしたところに無理がある。しかし、
義理人情で繋がった取引、終身雇用制などに
よって、その無理を通してきた。
 【4】もちろん資本主義の導入は、失業者
をも生みだす。しかし失業者は、共同体意識
の中では存在してはならない事象だ。日本人
は巧妙に、この問題を避けてきた。失業者は
社会の恥、家の恥、として、家族がかくまい
、扶養してきたのだ。
 【5】個人主義、競争意識の上に成立して
いる欧米社会は、これとは基を異にする。失
業は個人の問題。社会は失業者を「怠け者」
とか「生活不能者」とかとみなす。そうみな
されることによって、欧米の失業者は、個人
として、社会の一端に位置することができ 
る。【6】しかし、日本の失業者は幽霊のよ
うな存在だ。いるけ ど、いてはならない。
見えるけど、見えない存在だった。だが、経
済不況に見舞われた現在、この幽霊が実体化
してきた。失業者をかくまってきた両親もま
た職を失う危機にさらされているのだから致
し方ない。【7】ここにきて、日本は、否応
なしに失業者問題と対峙することになる。
 しかし日本人は、失業者に対して、おまえ
が悪い、とはいえな い。むしろ社会が悪い
のだ、と考えてしまう。【8】そしてこの社
会のどこが悪いのだ、と自らを見つめ直した
時、私たちの共同体意識が、ビジネスとは相
容れないことに気づかされるのだ。
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 現代日本は、社会とビジネスとの対立とい
う根本的問題を突きつけられている。【9】
この対立は、日本にとって死に至る病であ 
る。日本社会の中にも、日本人の精神性の内
にも、この問題に対す∵る処方箋はないから
だ。そして失業者問題は、この病を日本とい
う肉体に急激に広がらせる原動力となるだろ
う。
 【0】タヒチ島では空き巣が横行している
。パペーテで働いて家に戻ると、家財一切、
盗まれていたとか、二週間の間に、三回も盗
みに入られ、金銭はもとより、冷蔵庫や戸棚
の食品ごっそり盗まれたとか、被害届けは後
を絶たない。失業状態の若者たちの不満は、
サーフィンでは解消できなくなっている。失
業者にとって、切実なのは金だ。土地はふん
だんにあり、食物がたわわに実っている島で
あっても、金を求めての犯罪が横行する。
 家も食物も、金がないと手に入らない社会
となってしまった日本においては、状況はさ
らに過酷になるだろう。失業者の不満と怒り
は、幾多の犯罪を生み出すことだろう。しか
し、世界は資本主義の波にすっかり呑み尽く
されている。この流れに逆行して、古き良き
共同体社会に戻ることはできない。死に至る
病を得た日本は、社会もビジネスもなし崩し
になっていくだろう。その時、私たちはどう
したらいいのか。個人で考えなくてはならな
い時代に入ってしまっているのだ。

(坂東眞()砂子「『楽園』の失業」より)