長文集  11月2週  ★価値相対主義に(感)  wapu2-11-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】価値相対主義に基づく文化相対主義
は、普遍主義が陥る自己中心性を掘り崩し、
特殊な諸価値の併存を可能にする。現に二十
世紀以来、積み重ねられてきたヨーロッパ近
代の普遍主義からの脱却は、多元論的文化相
対主義なくしてはありえなかった。【2】ヨ
ーロッパ近代の合理主義やその亜流とも考え
られるマルクス主義など、ヨーロッパ中心の
普遍主義が次々と相対化されていったのが、
二十世紀であった。
 【3】例えば、シュペングラーやトインビ
ーは、二十世紀初頭まで支配した一元論的な
ヨーロッパ中心史観を切り崩し、多元論的な
相対史観を提出した。彼らは、ヨーロッパ人
の自己中心主義を批判して、ヨーロッパ文明
の他の文明に対する絶対的優位を否定した。
【4】ヨーロッパ文明も、他の文明と相対的
な位置にしかないことを明らかにしたのであ
る。
 また、レヴィ=ストロースも、未開社会の
研究を通して、その未開社会の文化が、その
構造において、ヨーロッパの文化に劣るもの
ではないということを実証した。【5】彼は
、このことによって、ヨーロッパ文化の普遍
性を打ち破り、ヨーロッパ文化も他の文化と
同じ一つの文化にすぎないことを明らかにし
たのである。
 【6】このように、ヨーロッパ文明の絶対
的優越やその自民族中心主義が批判され、あ
らゆる普遍主義の相対性が明らかになったこ
とは、二十世紀の功績であった。二十一世紀
があらゆる文化の相互承認と共存の時代にな
るとすれば、それは、二十世紀以来の文化相
対主義によるほかはないであろう。
 【7】しかし、文化相対主義に落とし穴が
ないわけではない。文化相対主義では、普遍
主義も、自己の所属する文化も相対化される
から、これが極端化すると、何を拠り所とし
て生きていけばよいのか分からなくなる。【
8】文化相対主義は、多様な価値を認める多
元主義に基づかねばならないのだが、これは
、ややもすると、自己自身の所属する文化の
価値への自信を失う方向へと傾きがちであ 
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る。
 宗教にしても、言語にしても、慣習にして
も、文化というものはそれぞれに型をもって
いる。【9】その文化的風土に生まれ育った
人間は、その型の中で自己自身のアイデンテ
ィティを形成する。そのこ∵とによって、人
は、社会の不安定性や不確実性に耐える精神
的支柱をもつことができる。
 【0】ところが、多くの文化が混在し、文
化相対主義が蔓延するところでは、人々は、
自分が拠り所とする文化の型や支柱を失い、
自己喪失に陥り、不安な状態に投げ出される
。価値の相対性を主張することは、それなり
に正しいことであるが、しかし、それがあま
りにも行き過ぎると、人々はバックボーンを
失い、信念をもてなくなる。あらゆる文化が
地理的風土を離れて地球上を飛び交う二十一
世紀は、文化の混在からくるアイデンティテ
ィの喪失の時代になりかねない。
 この悪しき相対主義が行き過ぎると、人は
極端な価値相対主義に陥ってしまう。それは
、あらゆる価値体系は相対的であって、いか
なる真理も疑われてしかるべきであり、不変
の善や美など何一つ存在しないと考える。こ
れは一種のニヒリズムである。本来は、閉じ
た共同体の中で、切り崩されることのない価
値や信念の中で生きることが望ましいが、価
値相対主義は、伝統的な道徳規範をも蝕み、
何が善であるかという信念をも切り崩してし
まうのである。
 このような価値の無政府状態のもとでは、
価値観がアトム化し、互いの間に共通性がな
くなる。特に、若者は、価値の無政府状態の
もとで、秩序もなければ必然性もない気まま
な生活をしながら、その日暮らしをしていく
。(中略)
 なるほど、価値体系が時と所によって多様
で相対的であるということは、古代ギリシア
の昔から認識されていたことである。しか 
し、ニーチェの言うように、現代の文化は、
確固とした神聖な原住地をもたず、あらゆる
文化によってかろうじて生命をまっとうする
よう運命づけられている。なるほど、ニーチ
ェ自身相対主義を唱 え、価値の破壊を試み
たのだが、しかし、同時に、彼は、確固とし
た価値を定立する必要も主張していたのであ
る。

(小林道憲「不安な時代、そして文明の衰退
」より)