長文集  7月1週  ○現代文明が、石油、石炭、天然ガスなどの  wapi2-07-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2011/05/23 18:01:56
 【1】現代文明が、石油、石炭、天然ガス
などの化石燃料に依存し、化石燃料を利用し
て成り立っているのに対して、江戸文化は、
太陽エネルギーだけを使って成り立っていた
。具体的にいうなら、徹底的に植物に依存し
、植物を利用した時代だった。
 【2】もちろん、植物以外の資源を利用す
る漁業や、鉱物を加工して金属や陶磁器を作
る産業も発達したが、中心になるのはさまざ
まな形での植物の利用だった。【3】植物を
育てる重要な作業に も、人力とわずかな家
畜の力しか使わなかったが、考えてみると、
人間は去年の太陽で育った穀物などを食べて
動いているし、馬や牛も去年か今年の太陽で
育った穀物やわら、草などで生きているか 
ら、結局は、産業も過去一、二年の太陽エネ
ルギーだけを利用して成り立っていたことに
なる。
 【4】今のように石油で暖めるハウス栽培
をすれば、真冬でも胡瓜やトマトを出荷でき
るし、大きな船で遠洋漁業に出れば、日本で
は獲(と)れない魚を獲(と)って来ること
もできる。【5】ところが、太陽エネルギー
だけを利用して植物栽培や漁業をやっていた
当時は、それぞれの土地柄に合った作物を育
て、季節の海産物を利用するほかなかった。
 【6】江戸時代の産業が今の工業と根本的
に違うのは、さまざまな物産の生産から加工
まで、すべて人手によっていた点である。つ
まり、原料を育てるのも太陽エネルギーだけ
なら、それを加工して製品化するのも、太陽
エネルギーの範囲だけで行っていたのだ。【
7】力仕事や面倒なことはほとんど機械が肩
代わりしてくれる現代の作業に比べると、人
力だけが動力の産業は、能率が悪く生産力も
低い。
 【8】しかし、手仕事による産業が、何で
も機械で処理する近代産業に比べて、けっし
て劣っているわけではない。手仕事は、不便
なのではなく「小さな便利さ」の上に成り立
っている別の種類の産業であり、生産量だけ
で近代産業と比べるのは間違っている。
 【9】もちろん、手仕事では大量生産がで
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きないから利益も少なくて、大企業にはなり
得ないが、手仕事では需要ぎりぎりの量しか
作れないため、生産過剰になる心配がない。
【0】ところが、大量生産を∵目的としてい
る近代産業では、需要に合わせて生産すると
いうより、生産しただけ売るのが基本だから
、大量生産にともなう大量の廃棄物が出ると
いう宿命を抱えている。大勢の福の神の後に
は、必ず大勢の災いの神がついて来るのだ。
 手仕事の大きな長所は、製造の能率はきわ
めて悪いが、エネルギー効率がすぐれている
点である。基本的には人間の労力だけででき
るから、現在のエネルギー統計と同じように
人間の労力を計算に入れなければ、エネルギ
ー消費ゼロでできることになる。
 但し、太陽エネルギーだけを利用して自分
たちの土地柄に合った物産を作るのは、機械
を使って工場生産するよりはるかにむずかし
い。機械による生産は、大きなエネルギーが
必要だが、どこに工場を設けても同じ製品を
作れる。正確にいうなら、エネルギー効率が
すぐれているというのを通り越して、仙台平
のような高級な布だろうが、美濃紙だろうが
、会津の蝋燭だろうが、練馬大根だろうが、
太陽エネルギー以外には何も使わず、エネル
ギーゼロでできるの だ。ところが、手作業
では、その土地の気候風土に合った原料しか
できないし、運送能力が低かった時代は、原
料生産地からあまり遠くない場所で製造しな
いと値段が高くなってしまう。
 要するに、生産できるものがその土地の自
然環境の影響を強く受けるのだが、江戸時代
の人々は、このことも前向きに利用した。つ
まり、各地の人々が自分なりに工夫して自分
たちの土地柄に合った特産品を作り、こんな
番付にまで出るような全国ブランドとして育
て上げたのである。各地の気候風土という自
然の力が育てた名産品を見ると、日本の国が
いかに多様性に富んでいたかよくわかるが、
これらの特産品を生み出した人々も、今の日
本人よりはるかに多様性に富んでいた。

(石川英輔氏の文章に基づく)