長文 9.3週
1. 【1】――高齢こうれい化社会には暗いイメージがつきまとっていますが。

2. まず、高齢こうれい化現象というのは日本社会が成し遂げな と た素晴らしい大成果だということを強調したい。【2】寿命じゅみょうが世界一、乳幼児死亡率が非常に低い、お年寄りがたくさんいて飢えう もせずに生活できるということは文句なしに日本の経済、社会が成し遂げな と た大成果です。【3】海外で生活した人ならばみなさん同意されると思いますが、どんな外国にいっても手放しで自慢じまんできるのが日本の平均寿命じゅみょうが世界で一番だということ。日本製の自動車が世界で一番売れているといったことを自慢じまんしても、それがどうしたと反感を買いかねない。【4】しかし平均寿命じゅみょうが世界で一番長いというと無条件でそれはすごいと言ってもらえます。
3. 詳しくくわ  言うと、人口の高齢こうれい化には平均寿命じゅみょうが延びたことと、出生率が低下したという二つの要因がありますが、この二つはともに経済成長の成果です。【5】現在でも、発展途上とじょう国では人口爆発ばくはつが問題になっているように、子供をたくさんつくって労働力のあてにするという経済構造が戦前までの日本にもあった。乳児死亡率の高かった昔は子供をたくさん産んだという背景もあります。【6】しかし、日本も豊かになるにつれ、人々は子供の数を少なくし一人ひとりの教育におカネをかけ、質の高い子供を育てようとするようになった。そういう意味で、出生率の低下は経済成長の結果といえます。
4. 【7】いうまでもなく、寿命じゅみょうが大きく延びたことは生活水準の向上を物語っています。一般いっぱん的な健康水準が上がったのはもちろん、高度な医療いりょうに資源を注ぎ込むそそ こ ことができるようになった。これは、経済成長があったからにほかなりません。【8】このように高齢こうれい化そのものは日本が世界に無条件で誇れるほこ  成果だということを忘れてはいけない。
5. もっとも、高齢こうれい化が進むにつれ経済、社会面でいろいろな問題は起きるでしょう。【9】高齢こうれい化社会が無条件ではうまくいかないこともまた事実です。重要なのは、高齢こうれい化に合ったように社会・経済の仕組みを素早くつくりかえていくことができるかどうかです。∵
6. 私は高齢こうれい化に伴うともな さまざまな問題を調整問題だと捉えとら ています。【0】高齢こうれい化というのは年寄りがたくさんいる状態。その状態に行き着いてしまえば、雇用こようでも社会保障でもそれに合うような合理的なシステムがつくりだされるはずです。問題は高齢こうれい者の比率がどんどんと増えていくプロセスにあります。高齢こうれい化が進む過程では高齢こうれい者が少なかった時代に効率的だった仕組みがまだ残っているので、古い仕組みと新しい人口構造の間の摩擦まさつが起こりやすい。古い仕組みをいかにすばやく新しい人口構造に合わせていくかが問題なのです。

7. ――高齢こうれい化に伴うともな 成長減速を生産性向上である程度カバーできるにしても、やはり高齢こうれい者の扶養ふよう医療いりょう・年金など社会保障負担が若年世代の重荷となるという声が多いですが。

8. たしかに、負担のあり方をめぐる世代間の対立などの問題も高齢こうれい化のプロセスのなかでは出てくるでしょう。ただ、それも高齢こうれい化に伴うともな 調整問題の一部です。つまり、高齢こうれい化が進むところまで進んで人口構造が安定してしまえば、負担をめぐる不公正というのは「個人が人生のいつの時期にいい思いをするか」というだけの問題になり、世代間の対立にはなりません。若い人が年寄りのために重い負担を強いられたとしても、その人が年寄りになったときに同じ数の人口の若い人たちが負担してくれることがルールとして決まっていれば納得を得ることもできるでしょう。そうなれば、個人が若いうちいい思いをしたいのか、年をとってからいい思いをしたいのかという時間選択せんたくだけの問題になります。(中略)
9. だから、いまの高齢こうれい者世代というのは、自分たちの貢献こうけんによってつくりあげた高い生産性の成果を後の世代を通じて受け取っていると考えることもできます。単に「われわれ現役の賃金から多額の社会保障費用がとられていてそれが高齢こうれい者にいってるのはおかしいんじゃないか」とする議論は言い過ぎだと思います。われわれのもらっている高い賃金はいまの高齢こうれい者の貢献こうけんによって可能になった部分も少なくないのですから。
10.(清家あつし高齢こうれい化社会陰鬱いんうつ論を排すはい 」より)