長文集  9月2週  ★知識の生産過程が(感)  wapi-09-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】知識の生産過程が人間の主観的内面
世界での思索にかかわるということは、しか
しその産物としての知識が個人の主観を超え
た客観的存在であることを妨げませんし、ま
たその形成過程に客観的な要因が作用するこ
とを排除するものではありません。【2】知
識のこの二重性は、認識哲学と経験社会学と
をいわば両親とした子供である知識社会学と
いう学問分野を生み出しました。【3】知識
社会学の主題は、シェーラーの言い方にした
がえば人間の思考作用における「理念的」要
因と「実在的」要因とがどのようにかかわり
合っているかという問題であり、またマンハ
イムの言い方にしたがえば、人間の思考作用
が「存在諸要因」によってどのように拘束さ
れているかという問題です。【4】シェーラ
ーとマンハイムに共通しているのは、一方で
認識や思考が精神的・主観的な過程であるこ
とを強調しながら、他方でその中に客観的と
りわけ社会的過程が入り込んでくることを同
時に強調する、という二重性にあるといえま
しょう。
 【5】さてここで私がいいたいのは、情報
にはこのような二重性はないということです
。このことを、つぎの三点に分けて考えまし
ょう。
 第一に、情報は具体的な事実の生起につい
ての伝達であって、受け手が直接体験し得な
い事柄について、経験の範囲を拡大してくれ
る、経験の代用物です。【6】ということは
、経験それ自体には主観的内面における加工
・解釈・推理などは含まれていないのですか
ら、情報もそれらのものを含まない、という
ことを意味します。情報は知識の素材であり
得るけれども、知識そのものではないという
べきではないか。
 【7】第二に、情報は瞬間的であって反復
されず、したがって人の内面的世界において
蓄積されたり、累積的に進歩したりすること
がありません。情報はルーマンがいうように
、意外性を生命とする――意外なニュースほ
ど価値が高い――ものです。【8】いうまで
もなく、意外性というのは一回限りのもので
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、反復され得ず蓄積され得ません。これに対
して、知識は反復され、記憶され、蓄積され
ていくものです。
 ∵【9】第三に、情報は不確実な事柄の不
確実性を減らすために求められるものであり
、いわば意思決定をより確実なものとする手
段価値によって求められているのです。つま
り情報は道具なので す。【0】これに対し
て、知識は道具以上のものです。知識は、そ
れ自体のために求められます。なぜなら、他
者と知識のストックを共有することは、文化
の共有として共通の生活世界を形成するのに
役立つからです。情報の共有に、そのような
メリットはあるのでしょうか。(中略)
 これから、出生いらいパソコンとともに育
った「新々人類」がふえていきます。私が心
配していることは、彼らがコンピューターに
は強いが本を読まない、情報には詳しいがも
のを考えない人種になっていくことです。彼
らが「ポスト工業社会」の制度的担い手たる
大学や研究所の主役になったとき、その大学
や研究所そのものが知識を生産する能力を失
っていくことを心配するのは、私だけの単な
る杞憂でしょうか。

(富永健一著『近代化の理論、――近代化に
おける西洋と東洋』より抜粋・編集)