長文集  9月1週  ★およそ隣人間でもめごとの(感)  wapi-09-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
【1】A、 およそ隣人(りんじん)間でも
めごとの生じた場合、直ちに裁判に持ち込ま
れることは少ない。多少なりとも当事者同士
で話し合いがなされるものである。しかしい
ろいろと話し合ってみたが、争いはエスカレ
ートするばかりで、どうしようもなくこじれ
た末に弁護士事務所に駆け込む場合が多い。
【2】多少の痛みは我慢したり薬を飲んだり
して抑えてきたが、どうしようもなく痛んだ
末に歯科医に駆け込む場合と似ている。そこ
で歯科医は、「どうしてこれまで放っておい
たのですか」と言い、弁護士も「どうしても
っと早く相談してくれなかったのですか」と
言う。【3】しかし当事者としては、我慢で
きれば何もこんな所へ頭を下げて来やしませ
んよ、と答えたいだろう。
 このような現象は、二つのことを意味して
いる。【4】一つは、隣人(りんじん)間の
紛争を話し合いで解決することの困難さであ
り、もう一つは、弁護士の存在がいかに市民
から遠いものかという点である。
 第一の隣人紛争の特殊性について。それは
隣人愛が裏目に出た場合の困難さである。【
5】……すなわち、日頃絶えず顔をつき合わ
せ、しかも親しい間柄にあることから、いっ
たん、いさかいが生ずると、あれほどまで親
切にしてあげていたのにとか、あれほどまで
信頼していたのに、といった気持にかられ、
うらみつらみが増幅するのである。【6】そ
れは、人に対する親近性と信頼性が強ければ
強いほど、破られた時の怒りが増幅すること
を物語っている。したがって、当事者同士が
話し合いをしても、言葉の端々が、かえって
火に油を注ぐ結果になりかねない。
 【7】それでは、弁護士が介入した場合は
どうか。この場合とても、かえって「弁護士
まで連れてきた」といって怒り出す人もい 
る。弁護士が入ってきたことで、本格的な戦
いをいどんできた、と思う人が今でも多い。
 【8】しかし、隣人(りんじん)間の紛争
は、次の二つの理由から、当事者間の話し合
いによる解決が望ましい。その一つは、すで
に述べた隣人関係∵の特殊性からくるもので
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ある。すなわち、隣人関係はどちらか一方が
引っ越さないかぎり、一生隣人同士の関係を
断ち切れない間柄にあるということである。
【9】にらみ合いのまま一生暮らさなければ
ならないとしたら、これほどの悲劇はない。
話し合いによる解決は、いつかまた従来の隣
人関係を回復させる可能性を与えてくれる。
 【0】(竜嵜喜助「裁判と義理人情」より

 
B、 現在の日本の社会というのは非常に流
動的ですね。……従来のコミュニティー的な
人間関係、伝統的に培われてきたような人間
関係がかなり大幅に崩れてきまして、社会内
のルールとか、社会内のメカニズムでは解決
できないような問題がたくさん生じてきてい
る。結局、裁判所とか、あるいは、人間が作
った実定法に解決を求めざるをえないような
、そういう事態が非常に増えてきているわけ
です。
 ……隣の人といっても何十年もあるいは何
代も前からいっしょに住んでいるわけではあ
りませんから、どこのだれかほんとうにはわ
からない人なんで、近隣社会とは言っても伝
統的なものとは全く異なるだろうと思うので
す。そうなりますと、近隣の関係で何年か親
しく付き合っていると言っても、お互いに口
に出してはっきり確認しなくても了解しあっ
ているような自明のルールというものが、あ
るとは言えないのではないか。……それは都
市だけではなくて、田舎のほうにまでそうい
う状況はだんだん及んできていると思うんで
す。(中略)
 そういうときに、これは近隣の問題だから
近隣で解決すべきだというふうに言えるのか
どうか、私は疑問に思うのです。そうします
と、なにかの公的な解決の場に持って行くこ
とも止むをえないのではないか。ルールがは
っきりしていてはじめて信頼関係も成り立ち
うるわけですから。

(星野英一編「隣人訴訟と法の役割」より)