長文集  7月1週  法と共同体  wapi-07-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2014/06/09 09:53:57
 【1】顔パスという言葉がある。「おれだ
」「よし」という阿吽(あうん)の呼吸で、
本来は規則として処理するところを当人どう
しの個人的な関係で処理する方法である。な
れ合いというと聞こえは悪いが、人間どうし
の信頼関係を基礎にしている点で最も確実な
方法とも言える。【2】現代の法律や規則万
能の社会では、このような人間の信頼関係に
基づいた対応の仕方がもっと見直されてもよ
いのではないだろうか。
 そのための第一の方法は、相手を信じるだ
けの心の広さを持つことだ。【3】信頼する
ということは、相手に自分をゆだねることで
ある。場合によっては、自分が大きな損失を
被ることもある。それにもかかわらず、相手
にすべてを任せて信頼する。そういう決意が
あるからこそ、相手も自分を信頼してくれる
。【4】ジャン・バルジャンは、自分を信じ
てくれた老司教を裏切った。しかし、翌朝憲
兵に連れられてきたジャンに、司教は、「そ
の銀の食器は私が与えたものだ」と告げる。
このように、相手の善なる心に対する絶対の
信頼が、人間らしい心をもとにした社会の基
礎となる。
 【5】また、第二には、そのような人間ど
うしの信頼を支えるだけの社会の一体性を作
ることだ。日本の社会の治安のよさは、世界
の中でも際立っている。タクシーの中へ置き
忘れた財布は、ほぼ確実に戻ってくる。【6
】日本人にとっては当たり前のように見える
このようなことが、世界ではきわめて稀なこ
となのである。そういう社会が築かれたのは
、日本が一つの民族、一つの言語、一つの文
化を持った社会だったからである。【7】異
なる民族や文化と共存することはもちろん大
切だが、それは日本の社会の中に異なる民族
や文化が異質なまま広がっていいということ
ではない。
 【8】法と正義に基づいて判断するという
考えは、確かに人類が長い歴史の中で勝ち取
ってきた権利だ。だからこそ、この考えは世
界のどこでも通用するグローバルな思想とな
っている。しかし、そのグローバリズムは、
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日本のように互いの信頼関係をもとに成り立
ってき∵た社会では、人間の心を持たない冷
たい機械のような対応に見える。【9】大岡
越前守(おおおかえちぜんのかみ)が日本人
に人気があるのも、人間の心の温もりを裁き
方の中に生かしたからだ。顔パスで交わされ
るものは、単なる顔ではなく、互いの善意へ
の信頼なのである。【0】

(言葉の森長文作成委員会 Σ)