長文集  5月1週  ★たとえば、折り紙を(感)  wa-05-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2015/03/16 04:07:47
【一番目の長文は暗唱用の長文で、二番目の
長文は課題の長文で す。】
 【1】普段は人気のない夜の公園に、明る
いちょうちんがいくつもともっている。思い
思いのゆかたを着た子供たちがお喋りをしな
がら夜店を回る。地域のお祭りには、どこも
同じような懐かしい光景が広がる。【2】し
かし、このようなお祭りのにぎやかさも、翌
日になると再びもとの静かな住宅街の中に消
えてしまう。孤独な老人、家庭にひきこもる
子供たち、夜休むためだけに帰ってくる勤め
人の親たちが、もっと日常的に地域に出て仲
よく談笑できる社会は来るのだろうか。【3
】今の日本では、子供が成長しても同じ地域
に住むという定住化傾向が強まっている。し
かし、地域社会の機能はまだ不十分だ。
 その原因は第一に、これまでの私たちの生
活基盤が地域や家族という地縁血縁共同体で
はなく、学校や会社という機能利益共同体に
あったためである。【4】明治の開国以来、
日本は工業生産の労働力を農村から調達して
きた。この百年間、多くの日本人は新しい職
場を求めて住み慣れた地域を離れ全国の都市
に広がっていった。新興住宅地と呼ばれる地
域では、昔からそこに住んでいる住民はむし
ろ少数派で、全国各地から集まった新しい住
民が地域の多数派を形成している。【5】こ
こで必要なのは、意識改革だ。過去の地縁に
頼るのではなく、未来の地縁を自分たちの手
で作っていくという意識が求められている。
 地域社会が十分には機能していない第二の
原因は、権限と予算の不足である。【6】か
つて日本が欧米の植民地主義に対抗するため
に形成した中央集権国家は、現在では非効率
が目立つようになっている。昔、日本がいく
つもの藩に分かれていた時代には、その藩を
象徴するような強力なリーダーが登場するこ
とがあった。武田信玄や加藤清正は、地域の
振興に大きな業績を残した。
 【7】話を広げて考えると、地球が今のよ
うに多様な生命体を宿す惑星になったのは、
さまざまな環境にそれぞれの個性で適応する
生物がいたからであって、決して最も進化し
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た生物である人間が地球を支配するようにな
ったからではない。∵
 【8】確かに、グローバル化は今後も続く
。情報も、資源も、人間も、国境を越えて行
き来できることが世界の進歩につながってい
る。しかし、グローバル化は、その基盤に安
定したローカル化があってこそ人間の幸福に
結びつく。【9】人類のこれまでの歴史は、
小さな集落から小国家へ、小国家からより大
きな統合国家へという流れであった。その大
きな統合国家から地球全体をひとつの国とす
るような流れは当然考えられる。しかし、同
時にそのベクトルとは反対の地域や家族に向
けての関心が生まれ出したのが現代の特徴 
だ。地域社会は、地球国家の進展とともに進
むものである。【0】どんな小さな町や村に
も、日常的にお祭りのにぎやかさが戻ってく
るときが、地球と地域が結びついた新しい時
代の始まりになる。

(言葉の森長文作成委員会 Σ)∵
 【1】たとえば、折り紙をわたされて、「
この折り紙の3分の2の4分の3を切り取っ
てくれません?」と頼まれたとしてみましょ
う。あなたは何をするでしょう?
 分数の計算?
 やってみていただくと分かりますが、答え
は、2分の1になります。【2】2分の1を
切り取るのであれば、計算すれば話は簡単、
と思われるかもしれませんが、実際この問い
をあちこちで人にしてみたところ、計算する
人は一〇人に一人くらいしかいませんでし 
た。たいていの人は、直接紙を折って答えを
出そうとします。【3】三等分は折りにくい
ですが、何とか折ります。そしてできた3分
の2の部分について、またこれもそこを四等
分するような折り方を工夫し4分の3を求め
てくれるのです。【4】つまり、小学校で十
分練習問題をやっていても、折り紙があれば
人は計算しなくてもいい、そうやって外の世
界にあるものを、その場の目的に合わせて上
手に使うことがむしろ人間の知性の現れなの
ではないかと考えてみることができるでしょ
う。【5】人間の知とは何かについての考え
方が、頭の中ですばやく計算できることとい
ったものから、経験を生かし、外の世界にあ
る道具(折り紙など)をうまく使って求めら
れている答えを引き出すこと、といった見方
に変わりつつありま す。
 【6】人間の認知能力にこういう側面があ
ることを強力に主張してきたのは、人を、そ
の人が毎日普通に生活している場のなかで観
察し、そこから人間の能力について考えてき
た研究者の人たちで、その多くは文化人類学
などのバックグラウンドをもっています。【
7】上の3分の2の4分の3の話も、ジーン
・レイヴなどを中心としたそういった研究者
が台所でした観察がもとになっています。
 その人たちによると、学校という生活場所
はそれ自体が一つの文化であって、学校でよ
い成績を収めるということは、その文化への
適応の程度がよくてその文化のなかで十分有
能にふるまえることを意味します。【8】だ
から、学校を卒業した後も、学校でやったよ
うに新しいことを次々覚える必要があったり
、教えられたとおりのやり方で仕事をきちん
とこなすことが求められたり、定期的に昇進
試験があったりする社会でなら、学校で有能
だった人がいきいきと生きられるでしょう。
 【9】ただ、そういう人たちが、学校では
あまり教えられないこと、奨励されないこと
もうまくやる、という保証はありません。む
しろそういうことはできない、と考えたほう
がいいような証拠があげられてきています。
【0】∵
 学校で奨励しないようなこと、暴力だとか
、セックスだとか、ドラッグだとか、そんな
ものに若い人が染まらないほうがいいに決ま
っている、という範囲でなら、この話はこれ
でいいのかもしれません。けれど、今学校で
あまり教えないことのなかに、たとえば与え
られた枠をはずれるとか、これまで誰も試し
たことのない問題に取り組むとか、これまで
のやり方を大幅に作り替えてみるとか、もう
けっこう成果があがると言われている定評の
ある方法をわざわざ壊して作り替えようとし
てみるとか、そういうたぐいの、これからの
世の中でいままでよりもっと大切になるだろ
うと感じられていることが含まれていないで
しょうか。含まれているのだとすると、レイ
ヴたちの言うことは「学校ではそういうたと
えば創造性と呼ばれるような能力はあんまり
身につかないよ」という警告ともとれるので
す。(中略)
 「言われたとおりにすること」でテストに
いい点が取れるなら、いい点を取るプログラ
ムを作ることはむずかしくないでしょう。困
るのは、人の有能さが、言われたとおりにで
きるかどうかでは決まらないというところで
す。人は、3分の2の4分の3を計算用紙の
上で計算するのが適切だと判断すればそうす
るし、折り紙の上で折ってしまうほうがきれ
いで速いと思えば計算しないですませます。
 こういう、場への適応力が、人間の有能さ
の本質でしょう。学校は、人の有能さを育て
るところですから、子どもの頭の中に「いつ
でも分数の掛け算を絶対間違えずに速くでき
る」プログラムを作りたいのではなくて、そ
の場に与えられた状況を最大限に利用するに
はどうしたらいいかが苦労せずに分かる適応
力を目指したいはずだと思います。

(三宅なほみ『インターネットの子どもたち
』による)
(注)ジーン・レイヴー=認知心理学者