1. 【1】日本の大地に根をおろしたいねは、たくさんのみのりをあげてくれました。たくさんとれれば
倉庫にたくわえ、
保存することができました。
2. 人口もふえていきました。【2】すこしばかり
異常気象がきても、もう
以前のように、
餓死するようなことは、すくなくなっていったからです。
3. 人口がふえれば、もっとおおぜいの力をあわせることができました。いままでよりも大きな川から、水を引くことができました。【3】もっとたくさん、水田をひらくことができました。すると、もっとたくさんお米をつくることができました。
4.
倉庫のたくわえも、どんどんふえていきました。
5. 【4】こうして、十人の人をやしなうのに、八人の
労働でまにあうようになったとき、あとのふたりは王や
貴族になることができました。
宗教家になり、
芸術家になり、学者や
技術者や医者になり、商人になることができました。
6. 【5】
余分のお米があれば、よその村でつくったべつの品物と、こうかんすることもできました。米づくりのための道具、くわやすきや、道具をつくるための鉄などと、こうかんすることもできました。
布や着物とこうかんすることもできました。【6】神に
祈りをささげるためのまが玉や、首かざりや、その
原料の石ともこうかんすることができました。金、銀、
銅などのたからものや、動物の毛皮とも、こうかんすることができました。
7. 米を運ぶための船。その船ともこうかんすることができました。
8. 【7】
食糧がたくさんとれるということは、なんとすばらしいことでしょう。
9. 毎年毎年おなじように、つくれるということも、なんとありがたいことでしょう。
10. そして、
保存できるということも、なんとたいせつなことでしょう。
11. 【8】文明というものは、このようにしてしだいしだいに
発達していったのです。村々も、しだいしだいに大きくなっていったのです。
12. 「農業は文明の母である。」といわれています。それは、このような意味からです。∵
13. 【9】さて、米づくりがさかんになるとたくわえのある村とそうでない村との
差ができるようになりました。たくわえのある大きな村がまずしい小さな村をのみこんで、より大きな村になっていきました。
戦争です。
14. 【0】米づくりのための水。そのいのちの水をもとめて、どれほどたくさんの水あらそいが、くりひろげられたことでしょう。ゆたかな
水源を手にいれた村は、よりゆたかに、より大きくなることができました。
15.
佐賀県の
吉野ヶ里遺跡からは、矢の
刺さった
人骨や、頭のない人の
骨などが出土しています。水をもとめて、きっとはげしい
戦争がくりかえされたにちがいありません。
16. こうして、力の強い大きな村が力の弱い小さな村をのみこんで、より大きな村になっていきました。大きな村々がやがてひとつになって小さな王国になっていきました。
17. 六
世紀ごろまでに日本のあちこちに、そんな小王国がいくつもできるようになり、それはやがてひとつに
統一されて、「日本」という国がつくられていくのです。
18. (
富山和子
著「お米は生きている」より)